取るに足らない事件

著者 :
  • バジリコ (2008年5月24日発売)
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感想 : 25
4

 戦後の日本で起きた事件の中でも、笑ってしまうようなものからちょっと人情あふれるものまで、まさに「取るに足らない事件」をまとめて時代の空気をつかむ事に成功している本。好みが分かれそうな独特の文体が随所に表れており、それを楽しむのもまた一興。一つ一つの記事は短いのだが、その分情報量が多いので読んでいて疲れるかも知れない。

 「 1,華麗なるマヌケ野郎」は、出だしから盗みに入った先で主人から酒を振舞われ興じたという愉快(?)な記事でびっくりしたが、これ以外にも追っ手から逃れるために肥溜めに浸かった、計五回も同じ家に盗みに入り家人同然の振る舞いをしていた、竹のものさしで一家を脅した強盗、一等の宝くじのクジに二人の人物が名乗りをあげたが両者ともに偽物だったという、「もう少し悪人らしく振る舞えよ」と指摘したくなるような記事で溢れている。

 「2.お騒がせる者たち」では、自分が盗んだ牛が炭疽菌培養牛である事を知り恐れをなした犯人が、盗んだだけでなく玉川上水に捨てるという迷惑極まりない事件、かと思えば双子の、それも紛らわしい名前の野菜泥棒の出現で警官が困惑した事件(筆者の「野菜ドロだけにうり二つ」という洒落付き)、病院を抜けだした赤痢患者(昭和二十年当時死者二万人を超えていた)が酒屋で強盗をはたらいた事件、「アプレ犯罪」と呼ばれる犯罪のなかでも、アメリカかぶれの青年が「Oh,mistake!」などと言葉を発したものなど、戦後の日本を象徴するような事件が記されている。最後の「殺人光線を使う男に狙われている」と「恐怖症」の男が署に駆け込んだという事件は、筆者には白日夢と言われているが、今でいう統合失調症を始めとする精神疾患によるものではないのだろうか。

 「3.工夫が大事」は物資が乏しい中、知恵を働かせて悪事を働いた者の事件を取り上げている。闇米を運搬するためのチョッキを作ったり、あえて金額の低い当選くじを持ち込み金をせしめた少年、「地下道坊や」と呼ばれた壁走りの達人などである。が、知恵は知恵でも浅知恵どもりの輩もやはりいたわけで、底を抜いた包装箱を目標にかぶせて持ち去ろうとした者、助産師の仕事である母乳マッサージを「指圧の心得があるから」といいやらかした者などがその例として書かれている。

 「4.神々の浅き欲望」は新興宗教をめぐる事件である。戦後という混乱した先の見えない社会という事を考慮すれば、何かにすがりたくなる気持ちは分かる。悪いのはその気持ちを利用する悪党である。
 当時世間を席巻した「璽宇教」「天照皇大神宮教」の概要を説明した後で、「生きた日蓮」を謳い人々をたぶらかした水木達夫、「三五教を信じるものだけが原水爆後も生き残る」などとのたまい金を集めた連中、異なる宗教を信仰する異端者を排除しようとし「狐憑き」呼ばわりした巫女(呪術医)北山タケなどが挙げられている。

 「5.怪しひのど自慢」には今の時代でもありそうな話から、その次代ならではの話まで載っている。のど自慢に合格した人が番組関係者に肉体関係を迫られる、「番組に出演した」という泊をつけようとするミュージシャン、モルヒネ中毒の自称僧に心酔してしまった全国大会の代表者、歌で身を立てる為の資金を得ようとした芸達者な強盗、のど自慢の常連になるほどの実力がありながら、前科があるために再び犯罪に走った者などである。筆者は章の終わりに、「のど自慢は戦後の世相を明るく照らす人工太陽であったと同時に、喜劇や悲劇を作り出した誘蛾灯でもあった」と述べている。

 「6.悪ひ人だが良ひ人だ」では困窮のために悪の道に走った、しかし悪になりきれなかった人達が載っている。「さわがないで金をお出しなさい」と丁寧な口調で脅す強盗、家に押し行ってみたが大豆粉の中毒で苦しむ親を持つ貧しい家庭だったこともあり、立ち去った強盗、人から拝借したお金を震災の義援金にあてたスリ、湯川秀樹氏の研究室に侵入するも「博士に申し訳ないから」と高額な計算機を盗むのを止めた強盗、監禁した相手を気の毒に思いチップを渡した強盗団、煙たがられていた「引揚げ者」同士の対話を経て思い直し、自首をした強盗などが書かれている。
 生きて帰ってきてくれた人々を、食料問題という背景があったにせよ、邪険に扱ったという事実があるのは残念なことである。
 
 「なんでこんな物を」と思わず口にしたくなる様な記事が「8.それ盗んでどうするんですか」に集められている。
 出だしから一つ100キロの不発弾が盗まれたという物騒な記事が載っているかと思えば、米軍の軍曹と日本人が共謀して9450発の12mm機関砲弾の弾を売り払おうとしたり、兵器の設計図が盗まれたり(筆者は本を出そうにも当時紙不足の時代であったこと、カストリ雑誌(エロ本)になった可能性を挙げている)、「写生のため」というよく分からない理由で警察官から拳銃を盗んだ教師、盗んだ拳銃を闇市に売ろうと目論んだ家出少女、湯島大聖堂から持ち出された孔子像がまとめられている。

 「9.わかりやすすぎる犯行」には呆れるほど単純な手口の犯行がまとめられている。
 宝くじの数字をナイフで削って赤ペンで書き込んだり上から番号をのりで貼る、怪しい物音がしたので「ネズミか」どどなると「ネズミじゃない」と怒鳴り返す強盗、外国人の振りをするために「マネーマネー」と覆面をして強盗に及ぶ、盗んだ米俵から米粒が落ち、それが決め手で捕まった泥棒、「こんなに出るわけがない」と因縁をつけ暴行に及んだパチンコ店員などである。昭和26年、一日で三十軒のペースでパチンコ店が増えていったというから驚愕である。

 「9.謎が謎を呼びまくる」にはミステリー小説もびっくりするような記事が載せられている。
 「この財布をネコババするとあなたに不幸が訪れる」という紙が書かれた落し物、江戸川乱歩の小説をなぞらえた(?)首実検、障害がある「卓次ちゃん」(浮浪生活をしていた所を、心やさしき家庭に拾われ名前をもらった)が行方不明になったかと思えば、なんと本当の親元へ行き「卓次郎ちゃん」として生活していたという困った騒動、台風に呑まれ沈没した国鉄青函連絡船洞爺丸の犠牲者を弔った後に、犠牲者のはずの夫が実は生きていた事が分かった、では葬式に出されたこの遺体は誰のものなのかという奇妙極まりない事件。事実は小説より奇なりとは言ったものである。

 「11.犯罪の陰にも日なたにも女あり」では女性ならではの犯行手口も散見される。
 服を買う際に半裸体になり店主が目を背けているうちに現金を拝借する、女追いはぎに襲われたかと思いきや、人の善意を利用した「同情詐欺」であった、腹に闇米を隠すために妊婦を装った62歳の女性、亭主に逃げられ自暴自棄になったのか、人力車に盗んだ物を積込むという大胆な二人の子持ち、恋人を取られた事に怒り、果たし状を突きつけ草刈鎌で切りあった二人の女性、夫を妾に寝取られた恨みから、家財道具を根こそぎ奪う、色濃い沙汰は恐ろしいかと思えば、家庭内暴力に耐えかね、妻・妾揃って署に相談に訪れたという例もある。
 しかしこの章でなにより印象強いのは、7歳で親に捨てられ男に混じって働かざるをえず、自分も年頃の娘らしく服を着たいという一心で衣類泥棒となってしまった少女に対し、服を盗まれた女学生達から更生を願って衣類・日用品が差し入れを受けて、一晩泣き明かしたという最後の記事であろう。

 最後の章、「12.お手柄な人々」は見に迫る危機に自分たちのやり方で立ち向かった人の記事のまとめである。
 有段者の前科者に階段の上から投げ飛ばされようとも果敢に奮闘し捉えた元刑事、内職に使っていたミシンを盗まれ一矢報いるためにワラ人形に五寸釘を打ち込んだところ、功を奏したのか犯人が捕まる、強盗に押し入られるも持っていた包丁を叩き落し応戦した老婆、「走りには自信があった」という犯人をたじろかせた俊足の女性事務員、寝ている主人を引っかいて起こし、家にいた泥棒逮捕に貢献した三毛猫(!)、レールの継ぎ目の異変を聴きとり惨事を避けるのに貢献した乗り物好きの少女など、実に様々な事件が起きたものである。

 個人的には、この本の真価は本の中ほどの「餓死のリアル」と「マッカーサーはノッペラボー」にあると思う。
 米軍来日よりも恐ろしいのは「飢え」であり、ノミ・シラミにまみれて死んでいく人々の中、かえるやかたつむりを食えという奨励や、配給を多く得ようと帳簿を多く見せようとするといった手を使わなければいけない事態に陥ったことや、一方で隱退物資で役人が潤っているという事実があった。そして金さえあればなんでも買える闇市が出現する(残飯シチューというものまでもあった)。筆者は、戦後の闇市を通して日本人は政治・礼節・イデオロギーでなく、儲けなければ生きられないという価値観を組み込まれたと論じている。
 「財閥解体」「農地改革」「労働改革」を実施し、「非軍事化」と「民主化」などに取り組み、「自分が最高司令官である限り日本人を一人も餓死させない」と言い放ち、食糧援助を実行したマッカーサー、最初は敵視されていたものの、施しを受けた日本人からはファンレターが届くようになる程の人気を得るも、イメージ戦略のため威信ある振る舞いをかかさなかった。しかしそれは日本人の自由を強制し、報道の検閲も行われ、絵本(さるかに合戦など)さえも出版が許されないという縛りを行ったもので、軍国主義者を追い出した後のレッドパージも相当のものであった。そして、あっさりとした引き上げの後発せられた「日本人は十二歳の少年であった」という言葉が本旨とは異なった意味でとらえられ、大バッシングが始まることとなった。
 マッカーサーが日本に好意的であったのは、戦勝国であるという優越感と満足、異教徒に正しき教えを説くような気持ちだったからだと、他の本では述べられているそうである。そして、その事に憤慨した日本人は、今ではパイプとサングラスというアイコンが無ければ彼を見分けられないと、筆者は考察している。

 最初に述べたとおり、この本は人によっては読んでいて疲れるかもしれない。しかし、貴重な一冊であることは間違いない。


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岡本喜八『ああ爆弾』 停電犯罪 デニス・バーデンス『サイキック・アニマルズ』 国策炊き 「一万人餓死説」 「餓死対策国民委員会」 天井粥 食料緊急措置令 供米塔 米よこせ区民大会 プラカード事件 寿産院事件 タケノコ(タマネギ)生活 買出し列車 カツギ屋 東京地裁山口良忠 カストリ酒 メチル(通称バクダン) ララ物資 食糧メーデー 「上からの革命」 マッカーサー・ノート  逆コース(対日占領政策) 袖井林二郎『マッカーサーの二千日』 ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 新書
感想投稿日 : 2013年2月27日
読了日 : 2013年2月19日
本棚登録日 : 2013年2月17日

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