久米正雄作品集 (岩波文庫 緑 224-1)

制作 : 石割透 
  • 岩波書店 (2019年8月21日発売)
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感想 : 6
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 久米正雄氏については、中学時分に郡山市内の中学生を対象とした文学賞に作品を応募していた割に、初めてその作品を読んだ。「私小説と心境小説」(P226~P241)にある
結局、すべての芸術の基礎は、「私」にある。(P233L9)
という言葉にも表れているように、彼の小説はその多くが極めて私小説的=「……その人々の踏んで来た、一人生の「再現」(P231L16)」であるように感じた。作品としては特に「父の死」「受験生の手記」が心に残っている。両作品に通ずるところとして、変に劇場的な装いがないことがある。これこそは恐らく、久米の「腰の据わり」を表しているためであって、彼が実際にどのような考え方をして生きてきたのか。それを表しているように思った。
 「父の死」については、久米が実際にその人生で体験したことがベースとなっているであろうことが予想される。これは俗に「私小説」として考えられている「私小説的」側面であるが、しかし大事なのは、例えば主人公が父の自死した場に直面した際にまず出てきた思いが「母は全身で泣いている!」であった点だと考える。そしてまたその直後に、主人公が父の亡骸を冷静に観察し、その思いを推察している点である。久米は「父が自殺した」という「出来事」を描いたのではなく、「自殺した父を見た自身の感情」を描くことによって、鮮やかに彼の人生観を表したのではないか。そのように考えると、「父の死」という作品は単に日記的なものではない、1人の人間を正に象ったものとなって現前すると考える。
 また「流行火事」については少々啓蒙的な装いが色濃く感じられ、「父の死」「競漕」という「私小説」として優秀な作品の後に発表されていることが、少々個人的に疑問を抱いた。童話的な作品を好まない自身の嗜好性が影響しているせいだろうとも思うが、それにしても、少々フィクションとして都合のいい展開が散見されたのではないかと思う。ただ、平吉が恐怖を感じていくその過程には一種魅せられるものがあることも確かであり、その点を考えると、久米は人の心の機微を描くのが真に上手な作家の1人だったのではないかと考える。
 短くなってしまったが、随筆については過去の作家たちの生き生きとした生活、及び自分勝手さを感じることができたことが嬉しかったし、また何より、「私小説」同様久米の「腰の据わり」方が随所に見られたことが良かった。これを機に谷崎など好きな作家の随筆も読んでいきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年3月2日
読了日 : 2020年3月2日
本棚登録日 : 2020年3月2日

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