イワン・イリッチの死 (岩波文庫 赤 619-3)

  • 岩波書店 (1973年5月16日発売)
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初老の男イワン・イリッチが病死に至る。
その胸の内、感情、心理を克明に描く。

病患の苦痛、死の恐怖、家族に対する不信と憎しみ(屈折した感情)。それらをたどってゆく。
19世紀半ばなので、近代的な医療は未発達のようだ。
治療は、医師の診断(主に問診)を受けて薬を処方してもらう、というだけ。科学的な検査診断はなかったようで、病名もよくわからない。
イワンイリッチ自身は、「盲腸炎」か「腎臓遊動症」に違いない、という曖昧な解釈に留まっている。
そんな時代に比べれば、現代の医療は各段の進歩を遂げている。そんな時代に生まれなくてよかった、と思う。
だが、それが本作の本質ではない。

イワン・イリッチの病状は悪化し続け、終幕で、死を迎える。最期を迎えるまでの数カ月、彼は、身体的な苦痛と共に、濁った思考を続けてゆく。
死の病の激痛に苛まれ、この責め苦は何の因果か?と自問自答を繰り返す。
果たして自身の生き方が間違っていたのか? その因果なのか? と。

最終幕、イワン・イリッチは、死の迎えを目前にしてようやく、ある種の解脱のような心持に至り、静かに世を去る。自分の生き方は誤っていた。妻や家族を苦しめてしまった…と。

だが、このへんの、彼の気づきのような部分が、私には不鮮明に思われて、釈然としない感じであった。
どうやら、イワン・イリッチは、自分の生き方に虚飾や不誠実なものがあったことに気付いたらしい。
(解説によれば「過去の生活の無意味さ無価値さを悟った」のだそうだ。)

しかし、作中描かれた、司法官僚として生きてきた彼の職業人生や生活史に、私は、誤ったものは感じなかったし、人として間違いを犯したようにも思えなかった。
トルストイは、キリスト教的な道徳観をベースにした創作が目立つように思われる。
なので、イワン・イリッチの歩んだ官僚としての人生、及び、家族との接し方に関して、キリスト教倫理の面からは正しくなかった、ということなのか。そのへんは、現代日本で仕事中心の人生を歩んできた自分でもあり、理解できずにいる。

かように、作品の核の部分を、真芯で捉えることは出来なかったが、その他、作品の佳き点もあった。

1つは、イワン・イリッチの心理描写をこってり丁寧に描いていること。
もう1つは、イワン・イリッチが自分の歩んできた人生を振り返る様に触れて、読者である自分自身も、読みながら、知らず、人生の来し方、成しえたことと成しえなかったことなどに思いを巡らせ、半生を振り返っている瞬間があったことである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外文学(古典)
感想投稿日 : 2022年3月31日
読了日 : 2022年3月30日
本棚登録日 : 2022年3月17日

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