青空文庫で無料で読める版。
なにぶん昭和八年の翻訳ということで台詞がやや時代がかっている。
原本ではカトリックの神父と思われるロレンスがお坊さんになっていたり、ジュリエットならぬ「ヂュリエット」が自分のことを「わし」と云ったり、あの名台詞にいたっては「お前はなぜロミオじゃ!」と叫んだりする。
きわめつけは薩摩藩士ばりの「ロミオどん!」。
西郷どんかよ。
しかしだからといってシェイクスピアの良さが失われるわけではない。
慣れてくれば伝統芸能の舞台を鑑賞しているかのような味わいがある。
文語体も旧字体も読みなれていないので多少時間はかかったが、樋口一葉や森鴎外が読める読書家なら、どうということはない。
毒を飲む時間のすれ違いで悲劇が起きるという話の筋は有名なので知っていたが、ちゃんと読んだのははじめてだった。
これは究極のひとめぼれ暴走悲劇でもある。
仮面舞踏会で素顔も知らず出会った二人が、一日たりとて一緒に過ごしたこともないのに惚れぬいて婚約してしまう。
ジュリエットの台詞で「三時(みとき)」と表現されているから六時間ほどしか会っていない。
しかも夜中にバルコニーごしだと、素顔はおろか性格もまるでわかっていないまま結婚しようという話になるわけだ。
近世以前はこういった、現実は二の次的なひとめぼれ妄想劇が、山のように世界中の男女の脳内で展開されていたのだろうな。
万葉集で大伴家持がうたっていた、
「振りさけて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも」
を思い出す。
眉の形だけでそこまで思い詰められないよなぁ、情報過多の現代人は。
アプリに登録して、年収から趣味からバッチリ書かされて、すみずみまで自分を明らかにしないとならないんだから。
ミステリアスな出会いの魅力なんてあったものじゃない。
六時間しか会っていないうえに、自分のいとこを殺して街を追放された男にぜんぜん冷めないジュリエットは強い。
そして死ぬかも知れない毒薬まで飲んだうえ、ほんとうに死んでしまう。強い。
食事の会計でポイントカード出す相手に冷めたりといった「蛙化現象」を繰り返している現代人には、ジュリエットの強さから学ぶことがあるかもしれない。
- 感想投稿日 : 2024年1月12日
- 読了日 : 2024年1月12日
- 本棚登録日 : 2024年1月12日
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