我々はなぜ戦争をしたのか (平凡社ライブラリー)

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  • 平凡社 (2010年7月10日発売)
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読了したので改めて感想。



1997年、アメリカ・ベトナム両国の元指導者による対話が、ハノイにて実現した。
テーマは"Missed Opportunities?"(機会を取り逃がしたのか?)。

ベトナム戦争が終結してから20年経ち、両国の国交が正常化した1995年から、2年後のことである。

世界で唯一戦争でアメリカを敗ったとは言え、その戦いによって筆舌に尽くせぬほどの辛酸を舐めた国、ベトナム。
ベトナムは何故、この対談を受け入れたのか。

鍵は、マクナマラ氏(戦争中のアメリカ軍トップ)の個人的な謝罪にあった。

戦争中長いこと国防長官を務めたマクナマラ氏は、ベトナムではアメリカの象徴のようなイメージだったという。

そのマクナマラ氏がアメリカで出した、ベトナム戦争の回顧録の中で、マクナマラ氏は「ベトナム戦争はアメリカの犯した過ちだった」と明確に認めた。

勿論アメリカ国内では賛否両論だったが、この本はベトナムで翻訳して出版され、大ベストセラーとなって多くの国民に読まれ、マクナマラ氏によるベトナムへの正式な謝罪として受け止められたのだという。

わたしはこのくだりを読んで、かなり衝撃を受けた。

なんせ日本は未だにお隣の国々との関係をうまく築けているとは言えない。
まあそれにはお隣の国自体の問題もないわけではないとは言え、侵略した側としてもっとできることがあったんじゃないか、あるんじゃないか、とずっと思ってきた。
少なくとも、謝罪する気持ちがあるなら、侵略した際に行った残虐なことを次世代に隠すような真似は断じてありえない、と。

日本のこの状況が脳裏をよぎり、マクナマラ氏の謝罪がベトナムにおいて受け入れられたということに、わたしはとても感動した。

そのマクナマラ氏の提案によって、対談は実現した。

この対談で、ようやく明らかになったこともあれば、お互いに理解がしきれないままだった部分もあったようだった。

明らかになった中で、わたしにとって衝撃的だったことが三つあった。

一つは、戦争の意図。

当時は冷戦の真っ只中で、アメリカはソ連と中国を筆頭とする共産主義勢力が力を伸ばすことを恐れていた。ベトナムが南北統一を成しかけたその時、アメリカが恐れたのはただ一つ、ベトナムが共産主義国となり、周りの国々に共産主義を広げるきっかけとなることだった。

一方のベトナムは、ただ国家を統一したいだけだった。統一を阻むのは植民地化したい奴らだと、またフランスみたいな奴らが現れたぞと、みんなで一致団結して戦うことにした。共産主義など、全く眼中になかった。

そうして、お互いの本意を見誤ったまま、戦争は始まった。

二つ目は、戦争の常識の違い。

アメリカが、戦争が本格化するきっかけになったと主張する、ベトナム側による攻撃がある。
「プレイク攻撃」と呼ばれるその攻撃は、アメリカが空爆を続けるか止めるかという見極めに、大統領の側近が現地に飛んだその翌日に、目と鼻の先で起こった。

あまりの場所とタイミングの合致に、アメリカ側はベトナム側がアメリカの要職にある人物が滞在している時と場所を狙って攻撃したのだと確信し、側近の帰国後、ただちに空爆の継続・本格化が決定した。

この件について、ベトナム側の説明は「近くのゲリラ軍がたまたまそこをその時に攻撃しただけで、アメリカ側の要職にある人物の滞在は把握していなかったし、攻撃を指示してもいない」ということだった。

そもそもベトナムはアメリカと違って中央集権化が進んでおらず、指揮系統が整理されていなかったため、一つ一つの攻撃を中央から指示していなかったのだという。

そうして、戦争は本格化した。

三つ目は、空爆に対する両者の捉え方の違い。

戦争中、アメリカ側は秘密和平交渉を進めていたのだが、ベトナム側が空爆中止を交渉に応じる当然の条件と捉えていたにもかかわらず、アメリカ側は軍部に秘密で和平交渉を進めていたため、空爆をやめさせることができなかった。

しかしたまたま悪天候により空爆を中止していた間に、ベトナム側は悪天候によるものとは知らず交渉の日取りを受け入れた。ところが結局、その前日に天候が良くなって空爆が再開されたために、当日になってベトナム側は交渉をキャンセルした。

アメリカ側が空爆にこだわったのは、空爆しながら交渉を持ちかけることこそが交渉の実現に繋がると、当然のように信じられていたからだった。「交渉に応じれば空爆は終わるのだから、交渉に応じよ」ということである。

ベトナム側からすれば、それはただの脅しだった。圧倒的な軍事力で空爆を受けながら「交渉したい」などと言われても、到底まともに交渉ができるとは受け止められなかった。

そうして、秘密和平交渉は実を結ぶことなく、戦争は泥沼化した。

なんという虚しさだろうか。

思い込みというのは本当に恐ろしい。
わたしは、そういった思い込みは個人レベルでもあると思う。
今も、日本でも。

そしてそういった思い込みの集積が民意となって戦争を引き起こしてしまう可能性もまた、あると思う。

「あいつは戦争をしたいんだ」という思い込みも、そう。

その前提で考えるから、そう見えてくる。
疑えばキリがない。
全てを鵜呑みにせよ、という話ではもちろんなく、互いの意図を様々な前提を疑いながら丁寧に汲み取ること、そのために互いの文化を知ること、「対話」をすること。

対 話 を す る こ と 。

この本を読んだら、対話がいかに、いかに大切か、痛切に感じられるかと思います。

なお、このアメリカ・ベトナム両国の元指導者たちによる歴史的な対話は、対話の重要性を認識した彼らにより、その後も続けていくことが決まり、その一連の対話は後にアメリカ側の参加者によって本にまとめられた。

テーマを"Argument without End"『終わりなき対話』と変えて。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 社会
感想投稿日 : 2016年6月9日
読了日 : 2016年9月10日
本棚登録日 : 2016年6月9日

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