なめらかな世界と、その敵

著者 :
  • 早川書房 (2019年8月20日発売)
4.30
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感想 : 126
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「なめらかな世界と、その敵」☆☆☆
冒頭から景色がぐるぐると変化し、登場人物は一行ごとに変わり、何が書かれているのかと混乱させられた。
この作品中の人間たちは暑いからと冬の並行世界に飛んだり、学校の先生と話しながら別の世界の友人と話したりと、とても自由に複雑にふるまうせいだ。
並行世界を行き来する作品は数あれど、これだけスムーズに行き来し続けるのは初めて読んだ。
物語には、並行世界に移動することが常識となっている世界で、それができない少女マコトが登場する。
その状態はつまり私たち現実世界の人間と同じなのだが、彼女にとってはそれは一つの制約を受けていることになる。
マコトの「私から目を逸らせないのは、私だけだからな」というセリフが印象に残った。
この短編集にはギミックとしては既存作にあるものの、そこにひとひねり加えた作品が多くおもしろい。

「ゼロ年代の臨界点」☆☆
日本の架空のSF史についての解説で、注釈も含めて読み進めていくと、主要人物3人にしか見えていなかった世界が垣間見えてくるスタイルは面白いが、ほかの作品に比べて得るものが少なかった。

「美亜羽へ贈る拳銃」☆☆☆☆
人の恋愛感情を固定するインプラント(ナノマシン)を開発した北条美亜羽は、敵対する神冴との勢力争いに負け、神冴家に取り込まれることになる。
それを嫌がった彼女は神冴への呪いの言葉を口にして、ほとんど自殺のように自らにインプラントを打ち込んだ。
その効果は、神冴実継を好きになるというもの。
美亜羽は別人のように実継を愛するようになるが、それがインプラントにより植え付けられたものだと理解している実継はその愛情に応えることができない。
二人は人格と愛情をどのように捉えていくのか。

タイトルは梶尾真治『美亜へ贈る真珠』をもじっているが、内容的には関係は薄い。
美亜羽の名前はもちろん伊藤計劃『ハーモニー』から。
「憧れてその名を僭称する人間は寧ろ、彼女から一番遠い凡庸な魂の持ち主だ」というセリフはBLEACHの「憧れは理解から最も遠い感情だよ」というセリフを思い出した。

「ホーリーアイアンメイデン」☆☆
抱擁することによって相手の人格や態度を変えてしまう能力を持った女性と、それを間近で見続けた妹の物語。
姉がどういう考えだったのかも知りたかった。

「シンギュラリティ・ソヴィエト」☆☆☆
ソ連のAIが技術的特異点(シンギュラリティ)を迎え、アメリカに技術的に勝利した世界。
ソ連の市民たちはAIに制御され、彼らの脳はAIの演算装置の一つにされるまでになっている。
しかしアメリカもそのままでいるはずはなく……。
いかにも近未来っぽい作品で、アメリカとソ連の対決シーンがかっこよかったり、人間には理解の及ばないAIの技術の壮大さが感じられたりとワクワクする作品だった。

「ひかりより速く、ゆるやかに」☆☆☆☆
高校の修学旅行生を乗せた新幹線が突然停止する事故が起きた。
しかも外部から干渉することができない。
しかし、停止しているかのように見えた新幹線は実は時間が遅くなっているだけで、少しずつ進んでいた。
ただし、新幹線の時間は外に比べて二千六百万分の一になっており、次の駅に着くのは西暦四七〇〇年ごろだ。
主人公のハヤキはインフルエンザに罹ったせいで修学旅行に行けなかった生徒で、新幹線の乗客を助けようとする人々や、勝手に話題性のある事件に盛り上がっている世間や、事故の被害関係者たちを見つめていく。

「時間停止」ではない「時間圧縮」モノにはいくつか既存作があり、本作中でも事件の解決策を探る参考書籍として挙げられている。
私が知る中では先ほども挙げた梶尾真治『美亜へ贈る真珠』、古橋秀之『ある日、爆弾がおちてきて』に収録されている「むかし、爆弾が落ちてきて」。

時間という絶望的な隔たりとそれに挑む高揚感があったり、人間ドラマがあったり、主人公にももちろん物語があって青春ものとしての一面も持っていて面白かった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年8月3日
読了日 : 2021年7月22日
本棚登録日 : 2021年1月21日

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