ハートに火をつけないで (創元推理文庫)

  • 東京創元社 (2021年9月30日発売)
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感想 : 29
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 二年近くご無沙汰していたワニ町シリーズ。それにしても無事続編が翻訳されて嬉しいのなんのって。何しろ、シリーズものの版権は、出版社が版元と三作ずつ契約し、売れ行きを窺って、次の三作の契約判断をするらしい。その判断は、もちろん作品の売れ行きにかかっているらしいのだ。時には、他の出版社が続編からの版権を獲得したりする。四作目から版元が変わるシリーズが見受けられるのはそういう裏事情があるからなのだ。

 マイケル・コナリーのハリー・ボッシュも、ラーシュ・ケプレルのヨーナ・リンナも、アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリのピート・ホフマンも途中で版元が変わったよね。そのように出版社は賭けを打ち、人気が出れば争奪戦になり、他社に持って行かれることもある。将来、大人気というところまで至らない作品も多いだろうし、そういうシリーズは見極めをする人、そして決定権者によって運命が分かれてゆくことになる。

 そういう意味では、微妙な人気をかろうじて繋ぎ留めていそうな、少しマニアックでユーモラスな軽ミステリー・シリーズであるわれらが『ワニ町』シリーズは、きっとおそらく相当に微妙なところではないかと不安視されていたのだが、個性ある愛すべきヒロインのフォーチュンと、主役を食わんばかりの脇役のおばあちゃん二人の活躍が、他にない(今後もきっとあり得ない!)個性と魅力を振りまいてくれたために、こうして続投が決まったのだろう。

 ちなみに翻訳者の島村浩子さんを迎えた翻訳ミステリーのオンライン読書会でも、本シリーズは絶大の人気を誇っていると体感いたしました。あっぱれ、というべき、尋常ならざる人気と熱い応援の声が心に響いてきたのである。

 さて、本書の魅力を端的に言うと以下の通り。まるで女ターミネイターみたいな全身これ武器、心はどこかに置いてきちゃったよ、的な殺伐モノクロ・ヒロインのスパイが、テロリストの首領からの殺害指令を受けてしまったために、CIAが組織的に彼女の身を潜ませようという計画に端を発する。こともあろうに彼女が身を潜めることになったのは、ワニの生息するラグーンが象徴的な米国南部ルイジアナの田舎町。

 到着と当時に我らがフォーチュンは、いきなりの事件三連発に巻き込まれる。およそ一週間に一回のペースで。本作はその四週目、四事件目、シリーズ四作目である。実にわかりやすいであろう。

 ハイテンポのストーリーと、小さな町の中の人間関係が切れ目なく、愉快で、美味しそうで、楽しい。こんな町にも、危ない奴は毎作最低一名は登場してくれる。フォーチュンとおばあちゃんズの不思議トリオは、ついに本書では原題のタイトルにまで昇格したというわけである。

 本書は、放火事件に端を発するあれやこれやがいつもながらのドタバタ調で語られる捧腹絶倒ストーリーなのだが、大事な読みどころはもう一つある。人間機械と言うべき女スパイだった殺伐なヒロインが、町の仲間と町の事件に関わってゆくたびに、少しずつ普通の女の子としての歓びに目覚めてゆくのだ。本書ではその度合いがさらにブーストして、驚き、かつ心配な結末を迎える。

 そう、なので、正直なところすぐにでも早く早く次作が読みたくなっているのである。全体が一連の、そう、第一作目からまだ一ヶ月も経っていない物語なのだ。こんなのずるいよね、と言いたくなるくらい毎回、次作が待ち遠しくなる本シリーズ。今作も愉快痛快のニヤニヤ読書体験に満ちた幸せ時間を頂きました。いつもながら有難う。そして何よりも一日も早く続編の翻訳をお願いいたします。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ユーモアミステリ
感想投稿日 : 2022年1月5日
読了日 : 2022年1月4日
本棚登録日 : 2022年1月4日

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