滑らかな虹〈下〉 (ミステリ・フロンティア)

著者 :
  • 東京創元社 (2017年8月31日発売)
3.10
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本棚登録 : 85
感想 : 18
5

普段は読了後、その勢いに任せて一気に感想を書くのだが、この作品に限っては難産で、まとめるまでに一週間以上の時間を要した。それほどまでに厚みのある物語で、口にすればすぐに霧となって消えてしまうかのような、陳腐なカテゴライズを全力で拒否した物語である。

「ニンテイ」ゲームによる佐々山のいじめが一段落したのも束の間、バンパイアによるクラス内勢力の増大という不穏さから物語は再び幕を開ける。この、一つの事件を収束しても、その余波がまた別の事件を巻き起こすのは作者ならではの話運びで、毎回予想のつかない展開に唸らされるばかりである。小学生の暴走しやすい短絡的な正義とその残酷さ、家出中学生の抱えた秘密の暴露、起こってしまった悲劇には息を呑むばかりで、文字通り「なるようにしかならなかった」物語である。家出少女の秘密=性的虐待のミスリードの描き方が非常に上手く、一度はその秘密に肉薄したものの、血縁関係を隠している=ありえないという登場人物の思い込みに読者も付き合わされてしまった感じがある。後半は常に半信半疑で、姉が性的虐待を受けていることを知った弟の仕掛けたゲームと拙い殺人計画などにはハラハラさせられっぱなしだった。その後に柿崎先生の身に起こった事故と植物人間という悲劇も生々しく、そこに物語のご都合主義めいた救済は存在しない。あったのは、登場人物たちの祈りにも似た寄り添いと新たな道へ進む決意で、物語的なすっきり感は薄かったものの、とても丁寧かつ人間的な終わり方だったと思う。ミステリは人間が描けていないという有名な批判があるが、この作品はその真逆で、これほど人間のあやふやさや寄る辺の無さを描いたミステリもそうはないだろう。

この作者の凄い所はキャラクターや物語に一切の作為性を感じない所である。基本的に登場人物の断定は避けており、それは主人公の女教師の恋心も例外ではない。あくまでキャラクターの主観による印象に留まっており、また物語において「女教師」「クラスメイト」という役割以上のものを与えられておらず、基準に置くべき指標が存在しない、なんとも不安で孤独な物語になっている。読者にできるのはただ登場人物の行く末を見守ることだけで、そしてその登場人物の判断が物語における正解である保証はどこにもないのだ。たとえば「ニンテイ」ゲームにしても、何かしらの必然性があったわけでなく、いじめを止めるためとはいえ、そのやり方はかなり危ない橋を渡ったものである。しかし現実世界において、皆が皆要領よく決断していけるわけではなく、何が正義かも正解かも分からない曖昧な世界の中で僕たちは生きている。役割のない人たちが役割を演じ続けたというのがこの設定の妙だろう。そんな足元のおぼつかない世界の中での不安感と、読了後の肩の荷が下りたような一抹の安心感とささやかな希望。これこそがこの作者の一番の持ち味である。次作も読みたいし、読み続けていきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリ
感想投稿日 : 2019年5月29日
読了日 : 2017年9月11日
本棚登録日 : 2019年5月29日

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