崇高と美の観念の起原 (みすずライブラリー)

  • みすず書房 (1999年6月11日発売)
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感想 : 7
4

北斎疲れというか、読書が定まらずあちこちフラフラしてる
バーバラ・スタフォードに入る前に、ピクチャレスク前後を理解しとかないとなんともならんな、と思って、エドマンド・バーク
まだ30ページくらいしか読んでないけど、なるほどまだ18世紀も半ば
デュシャンもいなければ、フロイトもいないし、ダーウィンもいない時代の美学
いうなら、相対性理論と量子力学の前のニュートン物理学みたいなもんで、まぁ、確かに日常においてはそれで充分かもだけど、まだもうひとつ、見えてないもんがある
でも、そういう時代倒錯しないように努めると、凄く面白い

ロックをひくとこから、人は差異よりも類似を快とする
それは万人共通だ、と

ただ、何に差異を感じて類似を感じるかは、その人の経験値からの固執(固執というのは僕の選んだ言葉)によるだけで、類似を見出したときに快を感じるというのは共通
だそうだ

でも、そうすると、元々は同じ感性だった人達が、それぞれ異なるものに固執していくのは、どういうことだろう?医学に、芸術に、数学に、商売に、と、分岐していくのは?

大同小異の大同に感心が向いていくのは、まさに著者自身が類似に快を感じてることの現れだけど、小異の豊かさこそが20世紀に注目されたことだし、大同と小異の差異こそが、魅力的というのも20世紀に通過したところだろう

ピカソを見て、わけわからん、という人達は、まさにここに書かれてる美学の中にいて、ピカソが人体について変更したことと留めたこととの差異に新しく発見をしていくのが20世紀くらいでしょう。アビニヨンの娘だって、顔形を変更したことと同じくらい、両手両足と顔を留めてることに意味がある。

無意識というものは存在してなくて、距離と時間が一定だった時代の美学を考えることは、そーゆーことを改めて考えなおすことにもなって、楽しい

とかなんだかんだ思いながら読了

後半は読み飛ばしまくったけど、、、
前半のが刺激的でしたね

人の身体は大体同じで、大体同じ機能なのに、心はそうじゃない、なんてのはおかしな話で、人それぞれとかじゃなくて、案外と実は同じなんじゃないの?ってとこから、そういう美学として、美と崇高、というのが、アラーキーっぽく言えば、エロスと死だよね、定義されてく

実感に基づき、実感を紐解くことで説明するので、段々と、もうわかったから!って気持ちになる後半はウンザリでしたけども

崇高と美の間とか、ほんとムカつく言い方のピクチャレスクってやつに入っていくための予備読書なので、とっとと次に入ろう

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年11月19日
読了日 : 2017年2月2日
本棚登録日 : 2018年11月19日

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