あいまいな会話はなぜ成立するのか (岩波科学ライブラリー)

著者 :
  • 岩波書店 (2020年6月13日発売)
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戸田山和久さん風に言えば、「ありそでなさそでやっぱりある」もの。
意味とは、そのようなものらしい。

意味は文脈の中にある。
私たちは、瞬時に適切な文脈を見つけ出し、不確定な部分を適切なだけ推論する。
それはどうして可能なのか。
そして、間接的な表現はなぜあるのか。
本書ではこの三つの不思議に迫る――が、結論的には現時点ではやはり謎だそうだ。

不思議にアプローチするための道筋として、20世紀後半のコミュニケーション論が概観される。

最初に、グライスの協調の原理仮説。
話を前に進めるには、必要な量と質の情報を与え、関連性のあることを、明瞭な方法で伝える必要があるとのもの。
話し手だけではなく、聞き手の積極的な関与があることでコミュニケーションが成立するとした点で画期的であるとの由。
が、この仮説では推論が適切なところで終息するのはなぜかを説明できない、と筆者は言う。

そこで次に紹介されるのが、スペルベルとウィルソンの関連性理論。
伝達の効率を上げたいという人間の心の傾向を理論化したものだそうだ。
誤った予想を正し、正しい予想を確定したりして自分の知識を修正する。
変化した知識の差は「認知効果」と呼ばれ、これが大きいほど評価が高まる。
面白いのは、認知効果は内容面だけで判断されるのではなく、処理コストも影響するということだ。
この理論は、有限な身体的な資源を使って人間がコミュニケーションの能力を発達させてきたことをうまく説明するらしい。
が、本書では、推論の収束と間接表現の存在を説明するものではない、と退けられる。

三番目にくるのが、ブラウンとレビンソンのポライトネス理論。
(これだけは本書を読む以前から聞いたことはあった。)
相手の顔をつぶす危険度(丁寧さ)は、話し手・聞き手間の距離と力とその行為の負荷度(深刻さ)の足し算で見積れるという。
その結果、直接的に伝えたり、暗示したり、場合によってはリスクが高いから何もしないというものまで、戦略を選びうる。
この理論で間接表現が「顔をつぶす」危険を回避するのに意味があることを説明できそうだが、リスクが少ない相手に暗示表現を使うと嫌味や皮肉に聞こえるという別の問題も出てくる。
ここいらで、話を追っかけるのがちょっと嫌になってくる。

で、最後に紹介されるのはピンカーの、ゲーム理論を導入した戦略的話者の理論。
非協調的対話(相手が信頼できるか分からない場合も含め)で、自己の利益を最大化するために、間接表現は合理的選択となることを証明できるとする。

ああ、長かった。

それでも、結局、三つの不思議は解けないのだ!

そこで、最終的には筆者の研究が紹介される。
fMRIで脳波を観測する方法を用いる。
推論するときの脳の使い方と、文脈検索するときのそれはあまり変わりがないという。
ならなAIがしていることとと大して変わりがないのか?と思えてきて、今後の研究が待たれる。
それから、時間認識の時の心の働きと、他者の視点を得るという働きには関連があるらしいということも指摘されていた。

ともあれ、言語学が向かっていく方向の一つを追っかけてみることができてよかった。
わりと読みやすいし。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年11月15日
読了日 : 2020年11月9日
本棚登録日 : 2020年11月15日

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