科学の最先端は、ときに哲学的領域にまで踏み込む。たとえば、バイオテクノロジーの進歩は「どこまで生命操作が許されるのか?」という問い直しにつながり、生命科学と哲学を架橋する生命倫理学を生んだ。
「人間とはなにか?」という問いも、かつてはもっぱら哲学者が扱うものであったはずだ。その問いに、第一線の脳神経科学者が挑んだのが本書である。人間を人間たらしめているもの、人間と動物を分かつものとはなにか? 答えの出しにくいそんな問いに、著者は脳科学を中心とした諸科学の先端的知見を総動員し、さまざまな角度から迫っていく。
たとえば第1章では、人間を人間たらしめた脳の特長とはなんなのかという謎がクローズアップされる。
第2章では、人間に最も近いチンパンジーとの比較を通じ、彼らにはない「人間ならでは」の側面がどこにあるのかを考察している。
また、第6章では、「芸術は人間ならではのものか?」というラディカルな問いが立てられる。その問いを突きつめるなかで、“そもそも芸術とはなにか?”という次元にまで思索は進み、独創的な芸術論になっている。
我々が自明の「人間らしさ」だと思っていたことが動物にもあることが明かされ、驚かされる点も随所にある。たとえば、近親相姦のタブー視は、チンパンジーにもある程度見られるという。
そのように、「人間らしさ」をめぐる先入観と実質を腑分けしていったとき、最後に残る真の「人間らしさ」とは何か? 著者はそれを、他者への共感力と想像力の中に見出している。
チンパンジーにも「伝染性のあくび」(ほかのチンパンジーがあくびをする映像を見せる実験をしたところ、3分の1のチンパンジーがつられてあくびをしたという)があるなど、「共感の原始的な形態」は見られるものの、人間のなす共感ははるかに広く深い。
また、重力のような「見えない力」を推論できるのも人間だけだという。それは、目に見えない他者の「心」を意識するのが人間だけであることをも示している。その意味でこれは、“心とは何か?”に迫った書でもあるのだ。
人間らしさに科学のメスを入れ、極上の知的興奮に誘う大著。
- 感想投稿日 : 2018年11月27日
- 読了日 : 2010年5月4日
- 本棚登録日 : 2018年11月27日
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