ダンサー・イン・ザ・ダーク [DVD]

監督 : ラース・フォン・トリアー 
出演 : ビョーク  カトリーヌ・ドヌーブ  デビット・モース  ピーター・ストーメア  ジョエル・グレイ 
  • 松竹ホームビデオ
3.64
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本棚登録 : 2382
感想 : 473

暗い。つらい。鬱。
感動はしない。泣きもしない。
心が空っぽなのに、何故か重く、重く、苦しくって仕方ない。

個人的に暗い作品はある程度心が沈んでいる時の方が入り込みやすく良いと思っているが、この映画は立ち直る為の時間と当てがない時は見ないことをおすすめする。

評価の星をつけようとしたけど1〜5を行ったり来たりで落ち着かないので、もうつけないでおく。
賛否両論の映画だと言われるけれど、それも納得する。決してつまらないとか駄作とかではなく、見た人の感情や価値観に突き刺さった上で、この映画は好きじゃない、二度と見たくないという人がいるんだろう。



鬱映画という前情報のみで見始めたので、独特のカメラワークやミュージカルシーンにやや面食らった。
しかしこのミュージカルがとてもいい。
明るく場面を盛り上げるためではなく、悲しみに浸らせるでもなく、主人公の妄想の中だけのミュージカル劇なのだ。

主人公セルマはシングルマザーで貧しく、先天性の病気で失明寸前であり、息子のジーンもやがて同じ運命を辿ってしまう。それを防ぐため内職や夜勤も請け負い懸命に息子の手術費を貯めている。
精神的な負担が眼に影響するとしてジーンには病気のことは告げず、周りの人間にも自分の状態を隠している。
しかし殆ど見えない状態で仕事は上手くいかない。唯一の生きがいであるミュージカルの稽古も周囲が見えず続けるのが厳しくなっていく。
そんな何もかもままならない彼女が自由になれるのが空想の中のミュージカルだ。
暗く澱んだ現実と、明るい歌とダンスの世界への切り替わりが見事だ。恐ろしくすらある。
セルマ役の女優であり歌手であるビョークが作っているそうだが、セルマの心の中を素直によく表しており、素晴らしい歌声を響かせている。
最初はつらい現実から逃げているだけなのかと思って好きになれなかったが(歌やダンス自体はそれでも素晴らしい)、だんだんそれだけではない気がしてきた。
セルマは多分あまり賢い人ではなかった。強い人でもなかった。ただ善人であり、無垢な人に見えた。
病気を隠して周りに迷惑をかけていたが、人に恵まれ愛されていた。人の助けを上手く借りられなかったが、自立して息子のために必死に(そう、まさに必死に)生きていた。
そういった純粋さで軽やかにステップを踏み、力強く美しい声で歌っていた。
セルマは本来そういう人なのだろう。
だが現実では踊れない。
現実とセルマの心を繋ぐのが空想のミュージカルであり、それは逃避場所であるとともに心の在りかであったように思う。
そして「最後から2番目の歌」だけは現実で歌われる。現実と心が重なった“最後の歌“だからだ。




作品紹介を見ていると感動作とか愛の物語とか書いてあったりするが、個人的にはしっくりこない。
バッドエンド極まっているが主人公のセルマは幸せだったのでは?という感想も、自分にはあてはまらなかった。

死を選ぶことになってもジーンの眼を治すことを望んだセルマの息子への深い愛は確実に伝わってくる。
しかし、つらくないわけがない。失明に怯え、病気になることがわかっていて生んだジーンへの罪悪感を抱え、絞首台までの107歩を1歩でも無理だと言って泣いた。
セルマの人生は基本的に苦しいものだったが、死を望んだシーンは無かった様に思う。最終的にジーンに手術を受けさせるために死刑を選択したが、死にたかったわけではない。
ビルは逆で、自殺を仄めかし殺してくれとセルマに迫り、実際セルマを殺人犯にして死んでしまう。死が救済だ。
セルマが絞首台で泣き叫ぶシーンなど本当に見ていられない。このシーンを見ると、ジーンの手術は彼女の最後のよすがであるとわかる。セルマの人生は最後から2番目の歌で、ジーンの眼が治ることでミュージカルはまだ続いていく。その先に最高のグランドフィナーレが待っている。すでに盲目の彼女に光はなく、そう思うしかないのだ。
つまりセルマ自身が幸せかというと、少し違う気がする。
というか、これが救いや幸せになるなら、その人の人生はあまりにつらくないだろうか。

そしてこれほどに思っているジーンへの愛が、実際息子にどれ程伝わっているのかはわからないということも気がかりだ。
ジーンの出演は少ない。最初の学校へ行きなさいとセルマがジーンの頬を打つ場面と、学校で自転車を持っていないのは自分だけだと訴える所以外では会話もほぼない。
特にビルを殺してしまってからは(空想の中を除き)全くでてこなくなる。
死刑囚の息子となって独り残され、遺伝の病気を知ったジーンが何を思ったかを直接伝える描写は一切ない。本当かどうかわからない様子をキャシーやジェフが伝えるだけだ。

絶望感の中の希望というにはあまりに弱く、親子や母の愛を描いたというにはあまりに不安が残る。
ではこの映画はなんだったのか。
はっきりいうとわからない。
でも自分の中から抜けていかない。
二度と見たくないという人が多いようだけれど、自分はいつかきっと見返すことになるだろう。


はじめの脚本ではジーンの手術は失敗し、セルマは絶望のもと死んでしまう予定だったらしい。
何という監督だろうか…。
希望とか幸せとかをほぼ感じなかったので、それでも納得だがさすがにそんな映画は見たくない。バッドエンド極まりない。変更されてよかった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年12月30日
読了日 : 2021年12月30日
本棚登録日 : 2021年12月30日

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