アイドルプリテンダ- (1) (チャンピオンREDコミックス)

著者 :
  • 秋田書店 (2012年2月20日発売)
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本棚登録 : 88
感想 : 8
5

振舞うことに慣れていけば、いつしか本物になっている。

タイトルの「アイドル」はともかく、後半を占める「プリテンダー」といえば、あまりなじみのない英単語かもしれません。この場合は「ふりをする人」などのあまりポジティブでない意味合いになります。
なお「アイドル」という題材は本題に据えずとも非日常の演出や二重生活などを描けることからほかのジャンルとの組み合わせがわりと利きますが、メインテーマは別にあるということでどうかよしなに。

すなわち本作におけるメインテーマとは後天的性転換を取り扱ったフィクション「TSF」です。
後述しますがタイトルの後半部分が外れることすなわち物語の終わりと言い換えることもできます。
補足しておくと今回扱うのは歌って踊れるアイドルというより、露出多めのグラビアアイドル路線です。掲載紙の性質もあってお色気路線ですが、サービスシーンに必然性があるのは大きいですね。

大筋について話を移せば元々は男子だった主人公が魅力的な女の子の身体になり、同性異性の区分があやふやな人たちと恋愛模様を繰り広げ、葛藤と決断を経て精神面でも変容を遂げていくというものです。
ジャンルの王道にしてお手本、TSFのパブリックイメージといえばこうなんじゃないかな? と思うくらいにはかっちりしていて、かつ全三巻の中期路線で過不足なくまとめ切っている完成度の高さが魅力です。

元々「TSF」はファーストインプレッション重視で「慣れ」から「飽き」につながりやすく長期連載には向きにくいと言われています。どちらかといえば瞬発路線、短期で終わらせるコンテンツなのかも。
ただし、過程となるイベントを積み重ねつつ、クライマックスで畳み掛ける爆発力に長けているとも言えます。ゆえに本作はこの分量のこのジャンルの漫画の中では間違いなくトップクラスだと断言できます。

なお、本作はかつて「赤い核実験場」という物騒な謳い文句が触れ込みだった秋田書店の名物漫画雑誌「チャンピオンREDいちご」の掲載作品のひとつでもありました。
当時の紙面を目撃したことはありますが、一般紙でありながらギリギリを狙って挑戦する当時の連載陣の中で群を抜いて“良識的”だった作品だったと記憶しています。一貫して乳首も描かれていませんしね。

もちろん健全・不健全などという線引きは恣意的なもの、作品の優劣が存在するわけではありません。
それに糾弾する意図と思われるとは不本意ですので、私としてははっきり否定させていただきます。
それでも、当時の連載陣の中で少年誌掲載も狙える度合いのお色気は逆に貴重なように感じられました。いい意味で差別化が図れていたように思われます。雑誌のおまけでドラマCD化もされましたからね。

長々と語りました。では、前置きはここまでとしましょう。
本作の主人公「因瑛大(以下:ちなみ)」は憧れの先輩「北乃ユイカ」に振り向いてもらうがため男の中の男を目指す、今時から外した硬派男子でした。でしたという通り、冒頭でさっそく女体化しますが。
なお、今回は一度なったならなりっぱなしで元に戻るためには「三億円」というかっ飛んだ金額を稼ぐというゴールが設定されているパターンです。少し強引ですがちなみは稼ぐためにアイドルになります。

ここが最初のポイントで、性転換前後の姿を描いておくことで、ちょっと時代錯誤ですが、まっすぐで一本気が通っている真面目なストイックな気風が主人公の中で一貫しているところを読者に見せます。
芯の通った真面目さを保ちつつ、ラブでコミカルな雰囲気で進んでいく本作を語る意味では、主人公の親友兼協力者にしてある意味では作品の立役者たる「小栗圭介」と合わせ、外せませんね。

とは言っても、主人公が女の子になったばかりで不安でいっぱいであることに変わりはなく。
上記の北乃先輩と小栗のふたりが主人公のことを支えながら今後の恋愛模様の鍵を握ることになります。
ただし、ふたりの接点は薄め。対立する理由もないのでむしろ協調姿勢を取ります。この場合だと心の奥底で、自分の性別がなにか? 誰を想うか? で揺れる主人公にすべてがゆだねられた感がありますね。

小栗の場合は事情をすべて知った上で、公私にわたって盤石のバックアップをしてくれます。
ただし小栗の中では同性時代の気安い関係が基盤にあるため、乙女心が芽生えつつあるちなみ相手には悪気はないけれど天然でデリカシーがないのがネックとなるでしょうか。

北乃先輩の場合は詳しい事情は知りませんが女性として、アイドル業界でも先輩として導いてくれます。
加えて早々にちなみとはお互いに好意を向け合いながら、双方がその気持ちを知る由がない両片思いな関係になります。けれど、北乃先輩の場合は女の子同士という心理がこれまた双方の壁になります。

正直言えば、どっちで決着してもおかしくはなかったポテンシャルの高さはあると思います。
ただし、あり得ないほど高スペックで、ちなみのためなら全裸を衆目に晒すことをいとわない小栗のインパクトが恋愛模様を抜きにしてもキャラクターとして強すぎる。
加えて美意識と矜持に忠実な紳士でありナルシストの変態という前提があるので嫌味になりませんし。

しかし本作はキャラ立てが色濃い少人数で話を回す作品なので、他が小栗に負けていないのも確かです。
たとえば、ここ第一巻では、いわゆる男の娘(性自認は男だけど可愛さを追及するタイプ)アイドル「蒼井すばる」が積極的にちなみと対立転じて彼(彼女)に好意を向ける第三極として登場します。

ネタバレすればこの手の子はどちらかといえば波乱を巻き起こすポジションとしてサブに回った方が美味しい立ち回りでした。そのためちなみの心情をかき回せても想われ人にはなれなかったのは残念です。
ただ、コミカル補正を働かせないと結構シャレにならないヤバい子って前提もあるので仕方ないのかな。

他方では色々と性別がごっちゃになっていることで生まれる、特有の背徳感やらカオスな感覚とかを味わううえで外せない子のひとりであることは確かです。彼のポジションは間違いなく必須でした。
いずれにせよ肉体、精神、社会、恋愛、などなど個人で完結するものもあれば、人間関係の中で定義づけられるものもあったりで、性別の問題は人類と創作の一大テーマですね……としみじみ思う次第です。

あと、本作の画風ですが女体はしっかり描くけれど、萌えに寄せたデフォルメ気味の画風になっており、水着や入浴などのお色気シーンは前述したとおりにけっこう多いものの健全寄りです。
仕事内容があまりに過激になりそうなものなら、小栗が体を張ってでもストップをかけてくれます。

ただし、回が進むうちに等身や瞳の描き方などからわかる通りにリアルさも上がっていきます。
その辺をちなみが女子として、周囲込みで公私両面に渡って成長していく過程と合わせ読んでいくと心にグッとくるかもしれません。脇を固める小栗と北乃先輩が最初から完成している分、わかりやすいかも。

あとはそうですね。日常描写をほぼ完全にカットして舞台を芸能界一本に絞り込んだこともあってか。
一巻ではパワハラへの対処だったり、犯罪に巻き込まれたりと結構な鉄火場が多めでツッコミではなく、必要に迫られてのガチ暴力がセレクトされることが多かったのはこの画風として珍しいかもしれません。

この辺の対処は男としての自意識が強めな一巻ではちなみがコミカル補正もあって向き合える一方、巻が進んでアイドルとして、女だからできる仕事人として覚悟を決めていくにつれてできなくなっていく。
その辺は少し寂しくも美しいと思ったりもしました。巻が進んで作風が固まったと言えばそうですが。

総じて。2022年に読み返すと、多少使い古された手法に基づいて作られた漫画だと思いましたが「性別は変わりなく好きなものは好き」という芯を捉えています。だからこそ時の洗礼は越えていると思います。
劇中で明確に言われているわけではありませんが、性別とは綺麗に色分けできるわけではないし、時代によってそれぞれ。そういった、ありふれているけど力強いメッセージとも無縁ではないわけです。

というわけでアイドル「ちなみ」がふりをするでなく、アイドルとして撮られることを誇りに思い、女の子として、そしてそれ以上に人間として同じ人間を思う恋心に向き合っていく過程をご照覧ください。
なにせ当初の三億稼ぐという目的を読者は元より、ちなみだって話が進むにつれて自然と忘れていた――その時点ですべてを物語っているのかもしれませんから。

むしろ本作は語るより振舞う内に馴染んでいく言葉要らずの納得こそが醍醐味なのでしょう。もちろん最後はストレートな告白が物を言うのだとしても、です。
だって、早々に答えは出ないとしても悩む過程こそが美しいのですから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: TSF
感想投稿日 : 2022年8月29日
読了日 : 2012年7月1日
本棚登録日 : 2012年7月1日

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