ひろみくす

著者 :
  • ナンバーナイン (2020年10月16日発売)
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4

これは森下先生にとっては小さな一歩だが、偉大な飛躍でもある。

『異世界で全裸勇者と呼ばないで』、『幼なじみは女の子になぁれ』の「森下真央」先生がインディーズ時代に刊行した同人誌を、商業作家として大成したことと合わせ電子書籍として配信したものが本作となります。
なお、細かい経緯については新たに書き下ろされたあとがきをご参照いただきたいので割愛するとします。

ちなみに森下先生は「TSF(後天的性転換を題材としたフィクション)」・コメディをジャンルとして得意とされており、商業初連載を勝ち取った上記『幼なじみは女の子になぁれ』もまた120%ド直球のTSFです。
そんな森下先生も最初から「TS(性転換)」に造詣が深かったというわけではなく、本作を契機としてこの地平に第一歩を踏み出されたのだと聞きますから面白いですね。

かつて月面に第一歩を踏み出した「ニール・アームストロング」船長のように、まず人類は挑戦の意志を示さなければ何も始まらないのです。それは人類史だけではなく、個人史でも同じこと。
さて、大げさな喩えはさておいて本作の内容についてレビューの方向を傾けていきますか。

総評として大器の片鱗は感じます。
ですが、これ自体は商業レベルには微妙に及んでいないというのが正直なところでしょうか。あくまで微妙というだけで、あと一、二歩足りなかったというのは後年の森下先生の履歴を知ればお察しの通りですが。
あらすじも記載されていますし、試し読みで読める範囲内で話の流れは掴めるので語りも省略しましょうか。
その上で気に入ったところを数点列挙してまます。

同一人物の延長だと読者に理解させつつ、主人公の男女別verを身長だけではない体格差で描き分ける。
女性の体に男性の精神が宿ったギャップ、強がりが生み出す弱々しさのフェティシズムがしっかりしている。
シナリオの工夫として主人公にはある種の女らしさを求められ、それが意外な結末を演出する。

前ふたつは「TSF」のツボとして取り上げられることが多いだけに、私としてはその当時独力で辿り着かれた森下先生に敬意を表したいです。その辺は人間普遍の心理といえるのかもしれないとはいえ、お見事でした。
それと、最後の三番目、女らしさってなんぞや? 哲学的だよねって思わないでもないですが、その辺は主人公に理不尽な試練を与えるのが「悪魔」なので恣意的で身勝手な基準ってことでクリアしているのが上手い。

時に、超自然存在が現れて、なぜだか主人公のことを女の子にしたがるというのは『幼なじみは女の子になぁれ』にもみられる構図だったりします(あちらは悪魔ではなく「妖精」で比較的善寄りですが)。
このことからも、ひとりの漫画家さんの歴史を追ううえでファンなら押さえておいて損はないでしょうね。

以上。
気になった点はあるのですが、あえて言語化するまでもないと思ったので今回は見送るとします。
なお、この当時の絵柄は今の面影を感じつつ、輪郭線を力強く取り、目を大きく配置した九十年代アニメ風(「あらいずみるい」先生、「ことぶきつかさ」先生など)を想起させるものだったりしますね。

とまれ、本作は本作で悪魔が悪魔らしく悪趣味なので、どちらかと言えば鋭角的な絵柄も相まってパッと見でこちらの方がエグいかもしれません。その辺のこなれてなさも、本作が同人であるゆえんなのか。
ですが、自身の画風を完成し、丸みを帯びほんわかした絵柄になった今現在の方がエグいことやってる気もしてならなかったりします。カドは取れたようでいて、尖った挑戦のマインドは失ってはいないのでしょうか。

と。話が脇に逸れましたね、そんな話は余談とばかりに流してしまいまして。
まず一歩踏み出さなければ何も変わらないは事実ということで。そんなこんな、初志貫徹って素晴らしいと思ったという話でありました。これをもって、別れの挨拶に代えさせていただきます。どっとはらい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: TSF
感想投稿日 : 2023年12月29日
読了日 : 2023年12月29日
本棚登録日 : 2023年12月29日

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