陸軍幼年学校体制の研究: エリート養成と軍事・教育・政治

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  • 吉川弘文館 (2005年12月1日発売)
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3

 陸軍幼年学校は陸軍のエリートを養成する学校として知られている。本書は陸軍幼年学校がそのような位置を占めるようになった過程をその誕生から解明していくことを目的としている。まず、本書の冒頭で著者が昭和天皇が「陸軍の独断専行は、陸軍幼年学校に原因がある」という趣旨の発言をもって陸軍首脳部を非難したという事実をあげていることが興味を惹く。そこまで昭和天皇をして言わしめた陸軍幼年学校がなぜ作られなければならなかったのか、そしてなにゆえに陸軍幼年学校はそのような非難を受けねばならなかったのか、という問題意識によって本書は書かれている。
 本書の構成はおおむね以下のようになっている。
序 章 陸軍幼年学校の歴史的位置付け
第一章 陸軍幼年学校体制はなぜ発足したのか
第二章 日清戦後における軍事と教育の相剋
第三章 隈板内閣と「陸軍幼年学校問題」
第四章 陸軍幼年学校の特権化―財政危機の中で―
終 章 陸軍エリート養成制度にみる近代日本―陸軍幼年学校体制発足期―

 そして著者は本書をして「最大の特色は、軍事的側面でのみとらえられがちな陸軍将校の養成制度を、さらに教育史や政治史の視点をも取り入れて、幅広く総合的・学際的に分析したことである」(19頁)と自讃している。歴史研究というのは基本的に同じだろうと思うのだが、本書のもとになっているものが著者が神戸大学大学院総合人間科学研究科へ提出した博士(学術)の学位請求論文だというから、教育史だ、軍事史だ、政治史だという古い「学部」的テリトリーを超えた研究をするのだという自負は買っていいだろう。
 第一章では、陸軍幼年学校の発足についていくつかの風説について検証し、それらの諸説を児玉源太郎の『欧洲巡廻報告書』に基づき否定し、陸軍幼年学校の構想が児玉の発想によるものだとし、背景に民権的・反政府的な「悪風習」を排除した教育を幼少より施すことで軍人精神教育の強化・徹底をはかろうとしたのだという。
 第二章では、日清戦後に登場した陸軍幼年学校の廃止要求について検討されている。日清戦後に改革された陸軍幼年学校制度が文部省の尋常中学校と酷似していたことが、発端だという。さらに登場する陸軍幼年学校に対する非難と陸軍側からの反論について分析がなされ、学校騒動で問題を抱えた文部省側の弱みが指摘される。
 第三章では、尾崎行雄文相の下での陸軍幼年学校問題とその経緯について検討されている。ここでは陸軍幼年学校の存廃がメディアの好餌となる一方で、陸軍幼年学校教育の基本理念が確立した過程が描かれている。と同時に陸軍幼年学校問題が隈板内閣の崩壊の原因のひとつであるかとの推論にも至っている。
 第四章では1903(明治36)年に陸軍が中学校卒業者に与えられていた無試験で士官候補生に採用される権利を剥奪した件にふれ、このことで陸軍幼年学校の特権化が成立したとしてその理由に考察をすすめている。また、ここでは財政危機によって陸軍幼年学校の廃止問題が再び浮上したことなど陸軍幼年学校の存廃論争が分析されている。
 終章はおおむね全体の総括的な書き方で終わっている。
 読み通してみて思うのは、本書は陸軍幼年学校というひとつの学校の成立史ではあるが、明治期の中等教育史、殊に中学校史のもう一つの側面を描いたものとして理解できることである。陸軍幼年学校が単に陸軍の中学校と呼ばれたことではなく、そのように呼ばれることが文部省管轄の中学校教育批判であったこと、そしてそれ故に文部省の側からの幼年学校非難も登場したのだという指摘は興味深い。教育が教育として行政から自立したものであるべきか否かという現代的な論点がこのような学校史の中に存在したことはうれしい収穫であった。これまでの中等教育史研究が文部省管轄の中学校(その他の中等教育機関はとりあえず措いておくとして)の形成過程にのみ関心を持ってきたことに対して、陸軍の側からの中学校批判がかなり重要な問題であったにもかかわらず看過されてきたと思う。その意味ではいい刺激を得られる本である。
 但し、尋常中学校の管理強化と地方幼年学校の廃止要求の結びつけや、陸軍幼年学校問題が隈板内閣崩壊の一要因であったするあたり、分析もしくはその結果の表現がやや乱暴な感がないではないが、本書の価値を貶めるほどのものではない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 教育学
感想投稿日 : 2010年4月3日
読了日 : 2010年4月3日
本棚登録日 : 2010年4月3日

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