エル・システマ: 音楽で貧困を救う南米ベネズエラの社会政策

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  • 教育評論社 (2008年12月1日発売)
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 南米に未来がある。プロフェッサーアーキテクチャ石山修武が南米に熱中する理由がこの本を読むとよく理解出来るように思えた。
ベネズエラに産まれた教育システムは従来の常識を乗越えた。自らの芸術文化を自らの手で勝ち取ることがどのような事かを、この本は教えてくれる。
 シモン・ボリーバルの独立戦争による市民国家建設での失敗とエル・システマの成功の両者から学ぶことがある。
 一つに、改革は明快な目標の元に突然変異を起こすような力強いものでなくてはならないという事。
 一つに、重要なのは変化を起こすことだけでなく、変化後の「備え」を変化前から蓄積させておくことである。様々な偶然の重なりもあると思われるが、エル・システマには「備え」があった。ホセ・アントニオ・アブレウの政治経済面での能力や子どもの教育・成長への関心の高さ、音楽への関心の高さ。無償の楽器の貸与、場所に捕われない練習スペースの利用法、楽器不足に備えた練習法や調達方法、年齢にと言う時間にはなく技術の習熟度という時間による評価とそれを軸にした指導者と受講者の関係の構築、給与の与える意味の洗練と給与による責任と信頼の付与、などなど
 国の政治、経済の大きな変化を経験し続けたベネズエラを生き続けたその生命力はチャベス政権の元で花開いているように思える、それはそれまでの延々と続けて来た歴史とそれによる「備え」があったからだ。そして「備え」は常にその場の環境との相互作用の中で自分を変え、そして環境を変えていった。

FESNOJIVがかくも長期間継続して活動出来たのは、ベネズエラ政府やベネズエラ市民が必要と考える社会問題に対して、政策活動として対応して来たからに他ならない。FESNOJIVは、発足当初から国や地方行政からの公的資金をもとに運営されて来た。そのため、そのときどきの政権や首長たちが、FESNOJIVの活動に資金を出すためには、エル・システマが評価され、青少年オーケストラ活動をアピールし続ける必要があった。
p.330

 彼等は決して環境にただ受動的であったわけではなかった。常にベネズエラ人によるオーケストラという目指すべき目標と目の前の環境との闘いの中で能動的に振る舞っていた。
 シモン・ボリバル交響楽団の名前となっているボリーバルの挫折によってベネズエラは、国家統一の概念すらないまま独立してした。そして、ベネズエラでは長らく「国民」不在の状態が続いた。その不在を解消とした能動的な闘いの成果がエル・システマとして結実した。そのためには何が必要だったか?著者は終章にて次のように書いている。

FESNOJIVは、国際的に通用する水準の音楽活動(オーケストラ)を目的として設立された。そのためには、長期的な活動が必要で、一回や二回のお祭り騒ぎで終わらない戦略が必要になる。アブレウはこのことをことさらに強調している。
「物事を成功させるためには、継続性が重要だ」
p.333

 そして、続けたい、継続には「教育」が必要だと、それは型に填めるような答えを見つける教育ではなく 問い続けることを見つける教育であると、それこそ人が自由と平等であるとはなにかを教えてくれるはずだ
 自由から逃げることは容易だ。そして人は自由から逃げたくなる。それは大戦後のドイツを見なくても明らかなことだ。自由には責任が伴う。競争社会において責任は大きな重圧となる。では、エル・システマは競争社会なのだろうか?しかし、芸術とは何か考えた事がある人ならわかるはずだ、そこは競争社会であるが、他人との闘いではないことが。芸術において他人と自分を比較することは本質的ではない、そこでは他人はむしろ仲間となる。理解者となるはずだ。そこに、同じ世界的な芸術集団である両極である、パリオペラ座とエル・システマの大きな違いを感じ、西洋と他の文化との違いを感じる。本書で述べられるエディクソンの言葉は環境が自分を育て、自分が環境を育てた分けられない存在であることを意識させてくれるだろう。本書はそのような価値観の中で都市や建築を考える上での新しい視点を与えてくれるさえするように思える。

非競争的な考え方は強くラテンアメリカにおいて根付こうとしている。ALBAや南銀行、マイクロ・クレジット、ブラジルのポルトアレグレ市における市民参加型予算に環境都市クリチバ。日系人が多く関係が深いこの地域から日本は学び、新たな関係を築いていくべきだ、米国と言う同盟者がいるとしても。

日本において、それぞれの地方都市も昔は「国」だった、それは江戸時代まで振り返らずとも、現在でも旅行先で老人たちと話せば、「どこの国の人かね?」なんて尋ねられるはずだ。しかし、どれくらいの人がそのが国の存在を感じているだろうか?それぞれが、世界を見れば一国に相当するほどの経済力を持っているはずなのに

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 社会学
感想投稿日 : 2010年1月17日
読了日 : 2009年12月31日
本棚登録日 : 2009年12月31日

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