スピノザ よく生きるための哲学

  • ポプラ社 (2019年12月12日発売)
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スピノザについてはあまりよく知らなかったが、フェルメールと同時期に似通った人生を送ったそうである。
この本は大きく2章に分かれていて、前半はスピノザの生涯と人となりをファーストネーム「バールーフ」を交えて紹介し、後半はスピノザの思想について考察する構成となっている。
著者がスピノザに同意できない点も率直に述べ、また他の研究者との往復書簡による意見の相違もそのまま紹介しているのが興味深い。
わかりやすく、訳文も好感がもてる。

自ら考え、自分自身の中に神的なものを感じながら自らの規範で生きるという哲学に深く共感。

P19 現実世界はすべて理性によって把握できる、というこの確信こそが、スピノザの哲学体系の礎石である。【中略】人生を狂わせるほどの激しい嫉妬や怒りにも必然的に生じる雷雨や火山の噴火のように、必ず理にかなった理由がある。

P56 (レンズ磨きを生業としていたバールーフ)この人が日々多くの時間を費やして、眼力を研ぎ澄ますためにレンズを磨き、精神を研ぎ澄ますために思考力を磨いていたことに、深い感動を覚える。真実を明らかにする人にとって、透徹した眼力と精神は切り離せないものだったはずだ。

P76 自然の光である理性とそれに基づく哲学が、自発的な同意と完全な理解によって規範に従うことを可能にするのに対して、信仰は従順という徳によって規範を守るように促す。従うという行為は同じでも、その動機・理由が異なっている。[中略]哲学が心理と紙幅を探求し、それに近づくことを目的とするのに対して、信仰は従順さと熱意を行動で示すことを目指している。信仰が哲学とは次元の全くことなるものである以上、哲学することで進行が失われたり損なわれたりすることはあり得ない。

P92 ユダヤ人として生まれた彼だが、自分はユダヤ陣である以上に万民共通の理性によって世界史峰であり、社会的身分上はネーデルラント連邦共和国の国民であると感じていたからだ。彼はまた、ユダヤ人も自分が暮らす社会に同化すべきだという考えを強く支持していた。

P98 宗教には、スピノザが希求していた理性に基づく社会的結束を超えて、熱意や深い感情の共有によって人々を結び付ける力、理性だけでなく様々な感情で紡がれた人間の絆を作り出す力がある。【中略】集団への帰属意識は、理性よりも感情と結びついていて、その影響は無視できないほど大きい。

P103 スピノザが自由主義と平等主義に基づく生態を擁護しているのは、それが「よい」からでも「正しい」からでもなく、現実を重視する実用主義的観点から、人間本性を十分に考慮した結果、これが一番うまくいくと思ったからである。「外発的な服従と言えども、内面的な精神活動を前提としていることに変わりはない。他者の権力に最も従順に従う人は、他者の命令を最も真摯な情熱をもって実行しようと心に決めている人である。」【中略】どんな社会にも必ずみられる道徳に反する所業は禁止するよりも多めに見たほうがいいと言い切っている。「人間の生活を全て法律で規制しようとしても、そうした悪癖を正すどころか、むしろ一層増長させるだけである。禁止したくてもできないことは、それが原因でしばしば損害が生じることになったとしても、善悪に関わらず何としても許容しなければならない。」

P107 国家の成員ダル個人が理性的に考えることをせず、自分の感情や固定観念に囚われたままであれば、民主主義が成立してもそのメリットを生かすことが難しくなる。「外発的(受動的)な服従が「内発的(能動的)な精神の働き」に勝ると、民主主義は弱体化する可能性が高い。

P141 (スピノザの言う「身体」の意味)単なる物理的身体ではなく、肉体的、感覚的、情動的、感情的、その他あらゆる次元での身体性を指している。身体をそのようにとらえると、生まれつき身体があまり丈夫でない人でも、欲求や情動や感覚力の強さを生かして身体的機能を高められる理由がうなずける。それに、身体が何らかの病に侵されたとき、体内の器官を治療すればそれで済むわけではなく、病に伴って生じる不安や動揺などの感情現象を考慮に入れる必要があることも、それで説明がつく。

P167 イエスは(姦通の女に)「わたしはあなたを罰したりしない。帰りなさい。そして今後はもう罪を犯さないように」と言っただけである。これをスピノザ流に言いなおせば、「より大きな欲求を抱きなさい。正しい方向を見定めてこれからはもう的を外さないようにしなさい」ということだろう。【中略】イエスは「それはよい」「それは悪い」という判断は下さず「そのとおりだ」「そうではない」と言っており、各人が自分自身を高め、成長させることの大切さを説いた。

P173 スピノザは善を、主観的な嗜好や欲望と切り離せないものとしてとらえたのである。【中略】「私たちは自分の存在の維持に役立ち、自分の活動力能を増大させ、それを助けるものをよいものと呼び、反対に自分の存在維持を妨害し、自分の活動力能を減少させ、それを損ねるものを悪いものと呼んでいる。」

P175 「各人が何よりもまず自分にとって有益なものを求めるとき、私たち人間はたがいにとって最も有益な存在となる」

P187 「スピノザのいう至福は神秘体験ではない。その至福が、有限存在である人間と無限の存在者の融合から生じたとは考えにくい。」(ロベール・ミスライ)【中略】(宗教の至福体験は)超越的な神との信仰と心情による合一であり、(スピノザ哲学における至福は)内在する神との理性と直観による合一である。=叡智

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本・雑誌
感想投稿日 : 2020年8月27日
読了日 : 2020年8月27日
本棚登録日 : 2020年8月27日

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