リスク 上: 神々への反逆

  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (2001年8月1日発売)
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『リスク 神々への反逆 上』 ピーター・バーンスタイン

リスクに関する歴史を古代から現代にわたるまで追った記録の上巻。前半は古代から近世にかけてのパートであるが、非常に面白い。そもそも筆者が、リスクというものについて「過去と未来を画する画期的なアイデア」と定義していることが、抽象度をぐっと上げて読者を引き込んでいく。そもそも、我々の生きてきた時代の中で、未来はほとんどが神の領域であり、お告げや占いによってでしか、我々が理解することを許されていなかった。そこから、大きく二つの潮流があり、リスクという言葉の下に、未来を神の領域から民主化していくプロセスをたどる。大きな二つの潮流とは、まずはアラビア数字の導入、そしてもう一つが、ルネサンスと宗教改革に端を発する人々のパラダイムシフトである。前者は算術的としか呼べなかった数に関する知識の総体を、我々が今日呼ぶような数学的な発想に引き上げた。しかし、そのようなテクニカルな発達だけでなく、ルネサンスと宗教改革により、人々が「人間は与えられた運命に対して全く無力というわけではなく、現世での宿命は神によってきめられているわけではない」という大きな認識の転回があり、初めて数学を使用して未来を予測するという思考様式が確立された。プロテスタンティズムの禁欲と倹約の思想は、現在よりも未来に価値を置くことを示唆しており、さらには大航海時代における人々の認識の拡大やビジネスチャンスが、未来を好意的にとらえ、人々の興味関心を誘ったのである。まさに、リスクを考えることは、神の領域たる未来への人間の侵蝕であり、神々への反逆であった。そんな未来への認識の変化を各時代のヒーローたちを中心に紐解いていくのが本書である。
本書はやはりリスクの計量化において数学的な記載に多くを割いている(登場人物はほとんどが数学者)が、上巻では、基礎的な確率論な統計学なので、高校までの文系数学しかやっていない私でも理解ができるものであった。特に後半は、統計学の基礎(相関、信頼区間、サンプリング等)の記述が多い。
上巻で面白かった部分は、17世紀になって初めて「被害を受けることへの恐怖感は、被害の大きさだけでなく、その確率にも比例すべきである」という革命的な文言が現れる部分である。現代のリスクマネジメントでは、被害の大きさと頻度を縦横の軸とするマトリックスが常識的であるが、この文言が出る前の人々は、未来への恐怖を被害の大きさという単線的にしかとらえていなかった。しかしながら、確率の概念の導入により、初めて未来への恐れは複線的に考えられ、その結節点である期待値の概念により規定されるべきとする発想が生まれるのである。このような発想は歴史的な転換を示すものだけでなく、ある意味、現代でも新たなリスクに対する人々の態度としてしばしば現れるものであろう。さらに、その後は、グラントによる死亡率の計算や、ハレーによる生命表の作成、そしてゴールトンによる相関の発想など、正規分布、相関、信頼区間、サンプリング、そして大数の法則という統計学の発展を歴史的に見ていくことになる。さらに、その間にはベルヌーイによる限界効用逓減の法則のようなアイデアが現れる。ここでも興味深いのが、グラントが初めて人口統計のようなものを作成しようとした際に、ロンドンの死亡調書を使用していたが、このような情報が各教区の教会でも手に入ることであった。まさに生死が神の領域であったために、このような統計データは教会でも集まったのである。また、グラントがこのような統計を取ろうとした背景には、マーケット・リサーチがあり、やはりこの時既に駆動していた資本主義の流れの中で、このような動きが加速したのではないかと思うばかりである。下巻は現代に近づくにつれて、数学や統計が高度化されるのであろうが、上巻は非常に楽しく読むことができた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年8月14日
読了日 : 2022年8月13日
本棚登録日 : 2022年8月13日

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