グラン・ロ-ヴァ物語: 決定版 (1) (あすかコミックスDX)

著者 :
  • KADOKAWA (1998年5月1日発売)
3.84
  • (24)
  • (8)
  • (35)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 103
感想 : 20
5

<最終巻までのネタバレを含みます>

死ぬまで絶対に手放したくない漫画はどれですか、という質問をされたら、間違いなく「紫堂恭子先生の『グラン・ローヴァ物語』」と答える。もちろん続く(?)『辺境警備』も大切な作品ではあるが、出会いはこちらの方が早かったので、個人的には同じ作者のシリーズでも前者の方がより思い入れが深い。どれぐらい深いかと言うと、小学生の頃読んだっきりになっていたこの本の背表紙を、『グラン・ローヴァ物語』というその字面を、成長して古本屋で見かけた時に思わず泣きそうになってしまったほどだ。単行本にしてしまえばたったの四冊なのに、一大叙事詩を読み終えた時のような感慨がある。思い出補正がかかりまくっていることも承知で、これと、世界観を共有する『辺境警備』との二作品は、間違いなく日本ファンタジー漫画界の良心を担保する傑作だと思っている。

簡単なあらすじは、しがない詐欺師稼業によって生計を立てていた若者サイアムが、「放浪の賢者」と呼ばれる老人グラン・ローヴァと出会ったことをきっかけに、世界に災厄をもたらすという伝説の金属「銀晶球」を巡る世界の運命に巻き込まれていく……というもの。人間も妖魔も、ひいては太古の精霊たちをも巻き込んで、世界を容赦なく侵し尽くす人類のエゴイズム、それぞれの生命が取った決断とその行く末とが描かれる。そこで問われる「人間とは世界にとっていかなる存在なのか」という根源的なテーマは、ある種浄化計画を拒否して滅びの可能性を選んだ宮崎駿のナウシカにも通じるものがあるような気がしているのは私だけだろうか。
そうして、この作品が本当に泣けるのは、そこで「赦し」を最後の結論として持ってくるところだ。銀晶球によって世界をも左右する強大な力を手にしたサイアムが、それでも自分の取るべき道を探して迷い、悩み、葛藤する。自らの欲望には容易に溺れ切れずに、あらゆるしがらみと打算のうずまく状況の中で、一体誰のために、何のために行動するのが正しいのかを深く深く考える。その姿を通じて、分かりやすく言えば「人間って実はそんなに捨てたものじゃない?」という見方、つまりは「人間は世界に赦されて生きているこ存在なのだ」という答えが導き出される。これは一見するとただの人間の身勝手のようにしか思われないのが、決して器用とはいえないサイアムの誠実な苦闘を経て、それが物語の最後に文字通り「世界」によって肯定されるのである。サイアムを父と慕う純粋な妖魔デシとダシ、彼を想う一途な水蛇イリューシア、人間に火を与えたことで未来永劫の幽閉の身となってしまった精霊のリンフィア――美しく清らかなる存在の彼らによって、人間は生きていてもいいんだよということが深い愛情と共に示され、語られる。そこに、この作品の揺るぎない希望と優しさがあると思う。

サイアムという一人の人間を通じ、もはや「全種族共存」という形では均衡が取れなくなってしまった世界が新たな道を模索し、選択を決定しようとする営み。人間を認めるがゆえに前時代の誇り高き生き物たちはもはや世界と共生していくことができない。結果、彼らと人間とは袂を分かつ(ここは、作者も多大な影響を受けたという『指輪物語』のエピソードを彷彿とさせる)。それでも彼らは人間達に「悲しむことはないよ」と告げる。変化が時代を飲み込み、彼らが消えた後の世界で、人は人として自らの生を全うしていけるだろうと。喪失は、イコール悲しみなどでは決してない。そこに、きちんと「生き延びていくこと」への希望の入り込む余地が残されているところに、やはりこの作品が持つ感動の根っこの部分があるのだと思う。
何だかぐだぐだと語ってきてしまったけれど、とにかく人間であれ、人外であれ、登場人物が皆互いを思い合って、だからこそぶつかり合い傷つけ合うその様が本当に愛おしい。人間を愛しているよと言ってくれる妖魔も、人間など滅びてしまえばいいと激昂する精霊も、皆それぞれの掲げる大切な存在のために、与えられた生を懸命に生きている。その中で、泰然とたたずむグラン・ローヴァという存在。ちいさい頃は、こんなおじいちゃんがすぐ傍にいてくれたら、それだけでどんなにか励まされるだろうとそんなことばかり考えていた。最初は変なじいさんがついてきたとしか思っていなかったサイアムが、けれどもいつしか大賢人の苦悩を引き取り、やがては自らグラン・ローヴァへと変貌していくストーリーは、タイトルを振り返るとよりいっそうの深みを持って胸に迫るような気がする。これはサイアムが次代のグラン・ローヴァとして目覚めるまでの物語だけれど、本当のことを言えば人間は皆グラン・ローヴァにならなければいけないし、多分なろうと思えばなれるのだろう。でも、なれないからこそこうした物語が生まれるのだ。サイアム、本当に大変だったとは思うけど、でも『辺境警備』を見るとあなたの良心は確かに次の時代へと受け継がれているよ。

ちなみに、今なら作者の公式サイトで外伝の短編漫画を無料で読むことができるので、ファンには一度行かれてみることをお薦めしたい。現在も精力的に作品の発表を続けていらっしゃるのを見るにつけても、紫堂恭子という才能がこの世に生まれてきてくれたことが本当に嬉しい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 漫画
感想投稿日 : 2010年2月19日
読了日 : 2010年2月15日
本棚登録日 : 2010年2月15日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする