わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)

制作 : 渡邊利道 
  • 東京創元社 (2017年8月31日発売)
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本棚登録 : 182
感想 : 27
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久しぶりに店頭で読みたい本を物色していて出会った一冊。ジョー・ウォルトンの作品は読んだことがなかったけど、とても好みな作品世界で、後から世界幻想文学大賞や英国幻想文学大賞受賞作家と知り、なるほど…と納得。
1926年生まれのパトリシアは、2015年現在、認知症を患い、老人ホームで暮らしている。冒頭の章で綴られる混乱する彼女の記憶は、しかし、混乱と言うより混線という表現が当てはまる不思議な様相を呈していて…日によって異なる部屋のインテリア、入居している施設の作り、更には彼女の元を訪れる子供たちさえ別々の人生で得た別々の家族が混在している様子。そうした混線した記憶の背景には、世界や政治にまつわる共存するはずのない二つの歴史の流れもあって——。
そして語られ始める第二次世界大戦前夜から始まる彼女の人生の物語は、戦後、ある男性からの一つの問いによって二つに分岐する。学生時代に結婚の約束を交わした彼と本当に結婚するか、それとも望む職に就く当てがなくなった彼との婚約を破棄するか。「あなたと結婚する」と答えたパトリシア=トリッシュが送る、家に縛られ多くの苦労を強いられる人生。「あなたとは結婚しない」と答えたパトリシア=パティが送る、自由で文化的な人生。交互に綴られていく分岐した二つの人生は、けれど、分岐直後の明らかな明暗のギャップにも関わらず、どちらの世界でも長い時間をかけて彼女が彼女らしく生きていく中で、色合いは違えどいずれにも愛と幸福が訪れ、また苦しみや悲しみもいずれの人生でも避けようがなく舞い込み…全く違う二つの人生が、やがて一つの施設でのゴールへと自然に収斂していく。
まさに「糾える縄のごとく」二人のパトリシアの人生と彼女を囲む世界を彩る幸福と苦難。二人分の人生、二つの世界が歩んだ時代を同時に読み進めていく読書体験は本当に濃厚で、一気に読んでしまった。幸せな人生とか、不幸な人生とか。幸福な時代とか、悲惨な時代とか。何か一つの要素がすべてを決めるのではなく、人生とは、時代とは、いつでもどこでも、何かしらが欠け、あるいは奪われ、けれども何かしらを得て、あるいは守り通して、生き抜く「日々」の積み重ねでしかない。その「日々」の積み重ねが生み出す道筋は、たった一つの選択によって大きく分岐したように思えても、実際は小さな選択が生む小さな分岐が数知れず積み重なって生まれたものなのだと思う。選択する度に分岐が生まれるなら、いま私が生きている人生には、どれくらいの並行世界がありえたのだろう。パトリシアの二つの人生に正誤がないように、きっと、選んだ人生、選ばなかった人生、どちらかが正しくてどちらかが間違ったということはない。常に、いまいる世界、いま生きている人生を、自分が選んだ世界であり人生として、ひたむきに生きるしかないのだ。トリッシュとパティ、青春時代から老境までのそれぞれのとてもリアルな重みのある人生を同時に経験することで、自分の来し方行く末にも思いを馳せずにはいられない一冊。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 海外:イギリス
感想投稿日 : 2017年9月5日
読了日 : 2017年9月4日
本棚登録日 : 2017年9月5日

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