ベン・ウィショーの繊細な演技が、この作品という世界に咲くすべての花を咲かせていくようで、大輪の花束とは違う、もっと素朴で、もっと心の奥底にダイレクトに働きかけるような、そんな優しさに溢れていました。パッと見て目につくところだけではなく、少し疲れたと隅っこで休む人がいるところにも花を咲かせてあげるような。
舞台はロンドン。出てくるのは、イギリス人のリチャードと、彼の恋人であるカンボジア系中国人のカイ。そして、カイの母親のジュン。
言語を習得するには、言語の持つ文化的背景を理解し、受け入れる必要があるように思います。言語をただのツールとしてなぞっているだけでは、決して見えてこない何かがあるような。
現代のLiltingが示すように、言語だけではなく、ひとの人生が揺らめく様が悲しく、美しく、切なく、そして強く描かれています。
ジュンとリチャードが会話をするには、中国系イギリス人のヴァン介さねばならず、彼女が話している間、つまり自分が理解できる言語に直してもらっている間、ダイレクトに会話をしているはずのジュンとリチャードは、ヴァンと相手の顔を何度も見比べます。あのタイムラグが、とてもリアルでした。秒数にしてしまえば数秒のことなのに、もどかしく感じるあの時間。
ベン・ウィショーの演技がいつもの通り、圧巻です。今回の彼は、愛しい人を亡くした役だったこともあり、会話の途中に涙ぐんだり、喉をつまらせたり、泣いていいのか笑っていいのか分からなくなったり、そんないちいちが本当に自然で、引き込まれざるをえません。
カイの匂いがするとジュンに言われて、そうだねと答えるまでの間が、素晴らしかったです。
「彼は真実を告げると、あなたに愛されなくなるのではないかと不安に思っていた」の「愛されなくなる」の部分、英語では「fear of you loving him less」で、まったく愛情がなくなるのではなく、減るという表現を使っていたのも、リチャードという人の繊細を表しているなと思います。
随所随所で挟み込まれる木々のショット。太陽がそこにあるとわかっていながらも姿の見えない白い空。そう言うショットに何か意味があるはずだ、何の比喩だろうかと思っていたら、最後の最後でジュンが教えてくれましたね。なるほど。
静止した時間を、どうやってこれから生きていくのでしょうか。愛しい人を亡くすという大きな出来事のあとでは、おとぎ話のようなハッピーエンドは望めなく、でも、人生は続いていかなければならないのかと窓を眺めるジュンを見ていて、胸が締め付けられました。
良い、映画です。
- 感想投稿日 : 2017年3月4日
- 読了日 : 2017年3月4日
- 本棚登録日 : 2017年3月4日
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