パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツアー: 魅惑の南仏殺人ツアー (ハヤカワ・ミステリ 1960)

  • 早川書房 (2020年10月1日発売)
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2012年、フランス、パリ。
謹慎中のアンヌ・カペスタン警視正(37)は、局長に呼ばれた。

謹慎の理由は、過剰暴力。
捜査中に被疑者を射殺してしまったのである。
そんな彼女を、局長は復帰させるという。
しかも、一班を率いてだ。
渡された人物ファイルを見れば、
アル中、問題行動、入院中、ギャンブル中毒、スピード狂、リーカー、死神・・・・・・
難あり人物ばかりである。

首にするわけにもいかないが、捜査に加えるのも難しい――いや、むしろ、いてほしくない連中をひとまとめにするということだ。
さらに、扱うのはフランス中の未解決事件。
人も、事件も、いらないものをアンヌが一手に引き受けろというわけだ。

つまりは、"物置"。

物置なので、部屋は警視庁の庁舎にすらない。
イノサン通りのただのアパルトメン、最上階の部屋があてがわれた。
がたつく机、骨董品の電話、書けないボールペン、乾いたマーカー、はげた壁紙、虚しい植木鉢、そんな"物置"に、ぽつりぽつりと、厄介者たちが集まってくる。
彼らは、刑事部からよこされたダンボール箱から、どうにか捜査できそうな事件を掘り出した。

逮捕者のいない麻薬事件、
10年以上前の殺人事件、
20年前の殺人事件である。

厄介者たちは、お互い親しみを覚えない相手とペアになり、埃の積もった事件の捜査をしていく。

なにより、リーダーのアンヌ・カペスタンがすばらしいのだ。
もともと明るく、あまり考え込まない性格らしい。
やってくる厄介者たちを「ようこそ」と迎え入れる。
「仲間になってくれてうれしいわ」

実はその中には彼女にとって因縁の人物、アンヌの「発砲事件」について調査を担当した男までいる。
さすがに快くとは言えないが、アンヌはちゃんと彼も迎え入れる。

そして、問題はあるにしても能力も持っている部下たちに、それを生かすような仕事を割り当てていく。
失敗しても、頭ごなしに叱りつけるようなことはしない。
「頑張ったわね」と、声をかけるのだ。

しかし、いくら捜査を進めても結果が出なければ、彼らのやる気も落ちていく。
所詮は左遷の身。物置は物置。厄介者たちの吹き溜まりなのだ。
意気の挫ける面々に、彼女は毅然として話し出す。
「もうそう言うのはやめましょう」
「だって、ここに流れ着く前から、すでに厄介者だったのよ。私たち全員ね。」
恥じ入る彼らを前に、机の上に立ち上がる。
「私たちはもう、・・・・・・あの馬鹿みたいに煩雑な書類に関する仕事をしなくてもいいのです。」
「ダンスパーティーに行けなくなったティーンエイジャーみたいに文句ばっかり行っていないで、この状況を利用すべきです。」
「こんな幸運は二度と訪れません!」
なんと前向きなのだろう! そしてこの格好良さ。 
さながら、シトワイヤンに呼びかける革命の闘士ではないか! 

さて、実は私はこの1巻目を発売当時に読んでいた。
しかし、あまり印象に残らなかった。
面白さを見いだせなかったのだ。
なぜなら、登場人物の多さに、一人一人を把握できなかったからだ。
愚かしくも、私は人物名のメモをとることさえしなかったのである。

厄介者たちは、すべてが個性的で、キャラクターが立っている。
けれども、全員が立っているものだから、皆が紛れてしまうのだ。

しかし、少しは賢明になった私は、第2巻『パリ警視庁迷宮捜査班 魅惑の南仏殺人ツア―』を、ちゃんとメモをとりながら読んだ。
誰が作家で、誰が死神か、誰がゲイで、誰がハッカーか、ちゃんと把握して読んだ。

面白かった!

頭がごちゃつくことはなく、誰が誰だか戸惑わず、どんな事件でなにがあってどう捜査しているのか、ちゃんと理解することができ、はたして犯人とその動機はなんなのか、読者として頭を使いたいところに使うことができたのである。
第1巻も、メモを手に読み返せば、すばらしく面白いではないか。

そして、つくづくと、絵が描けたらなあと思った。

作者、ソフィー・エナフは、雑誌コスモポリタンの名コラムニスト、ジャーナリスト、店舗経営など、様々な仕事の経験者であるが、その中に、演劇制作というものがある。
それが生きているのではないか。
というのも、特に厄介者たちの造形が、芝居的なのである。

彼ら、たいへんな個性の持ち主たちは、見た目にそれがよく現れている。
地味な色が糸一筋もない女性、常に蝶ネクタイを身につけている男性、古びて汚れたジャケットの赤ら顔の男性など、舞台に出てきたら、一目で、その人物を把握できるなりをしている。
さらには、声の響き、仕草、振る舞いについても、なにか一言書いてあるのだ。

くわえてその舞台、「物置」には、班員が様々に手を入れていく。
暖炉に火がいれられ、キッチンがこしらえられ、壁紙が貼られ、キョウチクトウが植えられ、シャンデリアがつけられる。
物置が、生き生きとした「皆の集まる場所」に変化していくのだ。
観客として、その舞台を見れば、皆の関係がどう変化し、特別班になっていく様が、ありありと解るだろう。

それを、絵に描けたらなあ! よりいっそう話を楽しめるだろうに!
描けない身としては歯がみするしかない。
よって、絵心、芝居心のある人には、特にこのシリーズを勧めたいのだ。

特別班の面々の紹介が第1巻、彼らをより知る第2巻といったところだろうか。
1巻の、ふとした短いエピソードが、実は2巻に続く意味を持っていたり、地方色豊かなフランスのあちこちを訪れたりと、このシリーズはよく考えられ、読み手へのサービスにあふれ、いくつもの面白さがある。

さらには、『魅惑の南仏殺人ツア―』で、新規加入の厄介者もいる。
これはかなり個性が強い。早くも多くのファンがいるだろう。

『パリ警視庁迷宮捜査班』を楽しんだ人は、『魅惑の南仏殺人ツア―』も確実に楽しい。
逆もまたしかりだ。
ためらうことなく読むのがいい。

必ずや、メモを手にして!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年10月10日
読了日 : 2020年10月7日
本棚登録日 : 2020年10月5日

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