幼少期の描写を少なく留め、おそらくは多くの読者が望むであろう、民間エコノミスト時代、FRB議長時代の経済情勢と、それに対して下した判断とその思考過程に関する記述が多くを占めており、好感が持てる。特に、著者が関係した歴代政権の経済政策決定プロセスに関する記述は、経済面だけではなく政治面についても様々な示唆を与えてくれ、読んでいて楽しい。
本作を読むと、アメリカの共和党と民主党の党員が、大学教授などの本業をこなしながらも政党活動に関わり、その結果として政権運営に携わっていることが分かる。この仕組みの中で、優秀な経済学者などの人材はそれぞれの政党にプールされ、政権を支えるメンバーとなる。これは、政党側にもメリットがあるし、経済学者にもメリットがある。
経済学は物理学などと違って、実験室で理論を検証することが余り出来ない。小規模な対照実験により検証できる部分もあるが、金利・マネーサプライと景気の関係など、社会を犠牲にしてしか検証できない部分もある。しかし政権中枢にいれば、自分の経済理論を実地で検証する機会に恵まれることになる。失敗すれば批判を浴び二度と立ち直れなくなるかもしれないが、成功すれば賞賛の声と、もしかすると何がしかの実益を得られるかも知れない。
一方、日本では、政権内部に著名な経済学者が入ることは、余り無い気がする。これは、学者が政治に関わることを禁忌とみなす風習があるのかもしれないし、自分の理論が明確に否定されることを避けたいと思っているせいかも知れない。たいてい彼らは政権外部から批評のみを行い、自分の手で経済を動かそうとはあまり思わないようだ。このような姿勢では、他にも理由はあるかも知れないが、日本人がノーベル経済学賞を取ることは難しいだろう。
(最近では竹中平蔵氏がこの例外だったが、構造改革の否定という一語の下に、その価値が全て切り捨てられる傾向にある。これは政治への学者の取り込みを目指す際にはマイナス要因になるだろう。)
回顧録なので、若干自身の表現が美化される傾向にあることは差し引いて見るべきかもしれないが、色々と考えさせられるところの多い作品だと思う。
- 感想投稿日 : 2012年1月28日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2012年1月28日
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