保健室経由、かねやま本館。

著者 :
  • 講談社 (2020年6月3日発売)
4.36
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本棚登録 : 604
感想 : 59
5

最初は今風な文体に、少々戸惑いを覚えましたが、次第にそんなのどうでも良くなり、読み終えた後に、改めてこれは画期的というか、目から鱗の素晴らしいアイデアだと思い、全ての中学校(出来れば高校も)に温泉作ってくれって、本気で思いました。
ただし、予約制で、一度に入れるのは二人までということで。


『あたしたちにとって、教室で起こること、友達からの評価はすべてであり、ちょっとした失言が、ささいな失敗が、命取りになる』

客観的に思えば、絶対ではないということになるのかもしれないが、あくまで、それは当事者の視点でないと分からないことであり、しかも、多人数で閉鎖的なクラス内において、ただでさえ、多感な年頃の子達が集まって、多数派少数派のグループが形成されていく過程を目の当たりにするのだから、ここで繰り広げられている事のみが、正解で絶対なんだと思ってしまっても仕方のない事だと思う。

しかし、これも客観的に間違っていると思い、何故なら、そもそも正解なんて無いのだから、たとえ、それに共感できず異を唱える子がいても、「なんで?」ではなくて、当然なのであり、そこにひとつの問題点があると、私は思うのです。

たとえば、本書の主人公「佐藤まえみ」こと、「サーマ」の場合、仲良しグループの中で浮き始めてしまい、なにかを言うたびに、みんながちょっと黙って顔を見合わせて、やがて「ちょっとしんどい」と言われてしまうのだが、サーマはこの致命的な台詞を言われる前から、自分の立ち位置を既に意識し始める、繊細な女の子で、何とかしようと気遣いを続けたあげくにたどり着いたのが、下記の思い。

『一生懸命がんばって、良い人間でいられるよう努力してきたけど、それを認めてもらえないなら、いっそのこともう嫌なやつでいい』

これは性格的な問題もあるとは思いつつ、未だに私も実感することで、ならば、なぜ良い人間でいたいのかとか、認めてもらいたいのかって思うのかというと、自分の存在を認めて欲しいからであり、自分もこの世界の一員であることを実感したいからであるのだが、まあ、無理に頑張らなくてもいいんだし、良い人間って何だよ、というのが、大人になった私の思考法であり、それでも無意識にそう感じるのは、まだまだ私の視野の狭さがそうさせているのだと、実感しております。

ただ、サーマの場合は、なんだろうな。
サーマの所為だとは思えないんだよね。
私、中学の頃とかは、大人になったら完璧な人もいるんだろうな、なんて思ったこともあるけれど、そんな単純じゃないよね、人間って。見た目とは裏腹に、頭の中で私には想像もつかない事を考えていたりさ。

そもそも、何を持って完璧というのか分からないし、それと、それぞれの幸せが必ずしも一致するとは限らないし、一見、理解し難い事に於いても、自分事にたとえて考えてみれば分かってみたりとか、そうした気付きを中学生たちに口頭で伝えて促してみるのは簡単だけど、それを自分事にすることとは、全く別物であると私は思い、そこには体感してみないと、どうしても心まで届かないものもありそうな気がするし、やはり、限られた環境がそうさせている部分も否めないと思うから、サーマは努力するしかないと思ったのだし、兄の「慈恵」に関しても、そうした目に見えるものしか見ていないことから生まれた悲劇だと感じ、やるせない。


そこで、そうした気付きを促すのに最適なのが
『温泉』で、まずはゆっくり疲れを取るところから始めて自分自身を開放し、疲れが取れれば心に余裕が生まれ、自分自身を見つめ直すことができて、更に裸の付き合いという凄い作用によって、温泉で出会った人との会話というのは、何故か心を開かせる作用があるようで、ここでは自分も他人も真っ新な心境になれるから、まさに、これまでの膿を洗い流して、生まれたてのような新鮮な視点で物事を見ることが出来るからこそ、あんなに気さくで心温まる雰囲気になるのだと思い、本書の「かねやま本館」では、これを、その時の悩みに適した効用を設定することで、より分かりやすく教えてくれており、この多様な効用を見るだけで、人間は単純ではなく、とても複雑で繊細な生き物なんだということが実感できて、これは意外にも学校では教えられなかった気がする。


『気持ちを相手にぶつけることは、いいことではないかもしれない。でも、それと、自分の気持ちを吐き出すことは、ぜんぜん違うものだと思う。苦しい気持ちは上手に吐き出せばいい』

『怒りたいときは怒っていいし、泣きたいときは泣いていい。がまんしなくていい』


また、同じ効用(悩み)の温泉に他の人が居合わせる場合もあり、そこでは、自分一人ではなかったんだという、自分の存在を認められた気持ちになり、明るく見える子だって、いろんな思いを抱えているし、自分と似たもの同士の存在を知ることができることは、自分を見つめ直すことの大切さも教えてくれて、まさにそれは、自分以外の人の行いを見ないと、なかなか気付くことのできない貴重な機会だと思い、ファンタジーとはいえ、こうした提示には色々考えさせられる。

しかし、これでもまだ納得できない部分が、サーマにはあって、それは私も痛いほど共感できるのだが、この納得できない事の表現の仕方が素晴らしいと感じ、ネタばれにならないよう、ちょっとだけ掲載すると

『もう戻ってくんなよー』
誰かが小声でそう言った。

台詞の内容も酷いが、ここで重要なのは、実はこの後に続く文章であり、これは我慢できなかった。
そう、その通りなんだよ。
その通りすぎて、すっきりするのかと思ったら、全く逆の気持ちになり、まさにこれが、 

『自分ごとのように考える』

ってことだと感じ、私も昔、あれだけの酷いことをされて、絶対に許せないとか思っていたけど、こうして小説の形で、その望みが実現されたのを読んでみると、悲しみしか湧き上がってこなかった。


自分がされて嫌だと思った事を、相手にすればどう思うのか?

答えは歴然としてますよね。
でも、それが分からなかった。
というよりは納得できなかった。
こういうところは、おそらく、こうして文章にして書かないと認めないのかもしれないし、私も今こうして、文章にすることで、また気分が違ってくるのを感じている。


ということで、私の場合は、本から気付きを促すことが多くて、本を読んでいなければ今頃どうなっていたのか、想像したくもないが、改めて、本に感謝したい気持ちでいっぱいです。

最後に改めて、かねやま本館の温泉の効能を記載することで、繊細で大切な問題を解決する糸口となってくれればと、願っております。


傷ついた心が癒やされる
自分のことを見つめ直すことができる
本音でしゃべれる人がいる
グループじゃなくて、ひとりずつ来るから、心の奥の奥を分かり合える
ひとりじゃないってことを実感できる
そのまんまの自分でいいってこと


なおなおさん
素晴らしい作品をありがとうございます。
なおなおさんが、これを選んだ理由、分かったような気がいたしまして、読んでいる途中で、自然と涙が流れているのが、それを証明していると思いました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 児童書
感想投稿日 : 2023年3月21日
読了日 : 2023年3月21日
本棚登録日 : 2023年3月21日

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コメント 12件

なおなおさんのコメント
2023/03/21

たださん、こんばんは。
先日借りたと言っていたのは、この本だったのですね(^^)嬉しい!
たださんの深いレビューで胸がいっぱいです。こちらこそありがとうございます。
たださんの素晴らしいレビューで、読者が増えてほしい。
私もこの湯治場に行きたいですよ…
今の私が呼ばれる温泉の“効能”は、きっと「怠慢」でしょうね……(-_-;)
そしてなんですって?「全中学校(高校も)に温泉を!予約制で二人まで」って?(笑)
ごめんなさい、笑っちゃいましたが同じ気持ちです。
この本はシリーズ物になっており、かねやま本館の秘密が明かされていきます。“分館”“新館”なる所にも行ってきました。興味がありましたらぜひっ!
また読みたくなってきました。

たださんのコメント
2023/03/21

なおなおさん、コメントありがとうございます(^^)

そうなんです。実は、ブクログアワードの掲載前に登録してまして(本棚の先頭に持っていきたかったので一度削除しましたが)、元々、なおなおさんのレビューで興味を持ちましたので、続編も読みたいですし、実際にある、山形県の大正ロマンに溢れた銀山温泉にもいつか行ってみたいです。

「内省」ではなくて、「怠慢」とはまた手厳しいですね。何かあったのでしょうか? 私は平気で、そうなる時があります。家の掃除を簡易的にしたりとか・・時間は大切だと思っても、疲れには勝てませんし、改めて、本書で疲れを取ることの大切さを実感しましたので。
でも、色々ありますよね。

確かに、この湯治場行きたいですけど、たとえ行けなくても、やり方は分かる気がしまして、ある意味、セルフケアに近いのではないかと思います。ただ、温泉と、自分に似た人がいないのが残念ですが(それと、キヨと小夜子さんも)。

というわけで、いいでしょ、このアイデア?
まあ冷静に考えて、温泉どうすんだって、ところから始まるとは思うのですが(笑)、真面目な話、こうした精神的に一人になれて、自分自身を開放しながら疲れを癒して、自分自身で気付きを促し、しかも安心できる場所が、学校には必要だと思います。

なおなおさんのコメント
2023/03/22

たださん、お返事をありがとうございます。
「怠惰」について、ご心配なさらず(._.)
うちにはソファはなく床暮らしなのですが、そこにニ○リのレストクッションを置いたのがまずかったのです。快適すぎてずーーっとゴロゴロしちゃうんですよね^^;
“だら子”という別名もある私です。
後でやる、明日やる…の繰り返しなんです。
例の日記も1ヶ月開いておりません^^;(あの本は先日届いたと連絡がありました!)

まず本書を読むことで、元気づけられますが、私も銀山温泉に行ってみたいです。
シリーズ6も心待ちにしているところです。

なおなおさんのコメント
2023/03/22

たださん、またまたすみません。
怠惰って書いてしまいましたが、ま、私の場合、怠慢も怠惰も両方ってことで^^;

たださんのコメント
2023/03/22

なおなおさん、お返事をありがとうございます。

別名、だら子さんだったのですね(^^;)
まあ、そういうときもありますよ。たとえ1ヶ月開いてないとしても、忘れてないだけいいと私は思いますし、なおなおさんの素晴らしいレビューを読んでいると、私は全く気になりませんし、逆にそんな一面があることに嬉しくなります。人間らしくて。私、前の返事で家の掃除のこと書きましたが、掃除機だけかけて、拭き掃除まで出来ないことを実は気にしてて・・ですから、怠慢も怠惰も両方あるのは私も一緒ということで(^^)

それにしても・・このレストクッション、可愛い!
しかも安っ! こんなのあるんですね。知らなかったです(最近、ニ○リ全然行ってないというか、近くに無くて)。
読書している画像見てたら、買いたくなってきました・・
ちなみに、私、座椅子はあるから読書は出来るのですが(ちなみにこれもニ○リ^^;)、これは寝る前に良さそうですね♪

あっ、シリーズ5まで出ているんですね。今度は、またあの人出るのかなとか、それとも名前の出なかった彼かなとか、そういう想像が楽しくて、期待しちゃいますよね。美味しそうな食べ物も気になります(^^)

なおなおさんのコメント
2023/03/25

たださん、コメントをいただいたままになっておりました。ごめんなさい。
拭き掃除までしてらっしゃるとは!拭き掃除って、ほとんどやりません(-_-;)まずいですね…。
例のニ○リのクッションなのですが、カバーを外して洗えるタイプがオススメです。また中のビーズを追加して補充することができます。
そして私は仰向けで使用し、写真のようなうつ伏せで読書をする使い方はしたことがないのですよね。
それでたださんのために、息子と一緒に実験してみました。どうなんでしょう…胸に硬いクッションがあたるのが気になりました。
私も座椅子が気になっております。このクッションだと、だら子具体が加速してしまうのです。
たださんとお話していると、本とは関係のない話題に展開してしまうのが不思議です^^;

たださんのコメント
2023/03/26

なおなおさん、おはようございます。どうぞお気になさらずに(^^)

ニ○リのクッションの詳細だけでなく、実験までしていただいたようで、ありがとうございます。息子さんにもよろしくお伝え下さい(^o^)
でも、仰向けも快適そうですね。確かにうつ伏せは圧迫感がありそうですし。

ちなみに、私の持っている座椅子は、おそらく4~5年くらい前のものなので、今のものと、若干異なるかもしれませんが、首リクライニング付き回転座椅子(座椅子自体も角度変えられます)になりまして、この回転は、座ったまま物を取ったり出来るので、快適です。

もし、購入予定がありましたら、実際に座って、それぞれの角度を何度も細かく変えてみる事をおすすめします・・私もある程度は試して買ったのですが、首と座椅子自体の調整が、中々、しっくりこなくて、特に読書するときは、やや下向き加減になるので、それも試してから買った方がいいですよ。

確かに、本とは関係のない話題になるのが多いですよね。
私はもうすっかり慣れたのですが、不思議といえば不思議です。(大抵は私がフリになっているのですがね^^;)
いつもお付き合い下さって、ありがとうございます。

akikobbさんのコメント
2023/04/23

たださん、なおなおさん、こんにちは。
お二人のレビューきっかけで私も読みまして、うるうるずるずるしながら改めてこちらに来たら、お二人のだらだらスタイルトークがまた魅力的でさらに癒されました笑

うちにもありますよ、人をダメするクッションが…しかも二つ(実家で捨てられるところだったのをついもらってしまった)

本当に導入できたらいいですよねえ。お二人も書かれていたように、本がその役割を、ある程度、果たしているのかも…

たださんのコメント
2023/04/23

akikobbさん、こんにちは。
コメントありがとうございます(^^)

『だらだらスタイルトーク』。
素敵な言葉だと思います(笑)
癒されたなんて、とても嬉しいです♪
ありがとうございます( ´∀`)

akikobbさんのところにもありましたか。私も、なおなおさんのお話から欲しいなと思っていたのですが、今は予算的に色々厳しいので、またの機会にと思ってます(^^;)

そうですね、学校に温泉導入することが出来なくても、本がありますよね。あとは、この悩みに対しては、これを読んでみたらいいかも的な、本を紹介する糸口があれば・・でも、なおなおさんの学校は、そうした色々な配慮があって良いなと思いますよ。

なおなおさんのコメント
2023/04/24

akikobbさん、たださん、こんにちは。
「だらだらスタイルトーク」!?
ヤダー恥ずかしい((⸝ฅ⸝⸝ฅ⸝⸝⸝)ま、いいっか!
たださんとお話していると、いつも話が脱線するのが不思議^^;でも楽しい(^^)
例のクッション、中身のビーズが減っていき、頭がどんどん沈み、まるで枕のようになりつつあります。息子が「もうやめて!いつも寝てる!」と私のだらしなさに怒っておりますが、どうしようもない(-_-;)ビーズを足さねば!

akikobbさんのコメント
2023/04/24

お二人の脱線トーク、見ているだけでも楽しいですので、今後もひそかに期待しています(*^^*)

たださんのコメント
2023/04/25

なおなおさん、akikobbさん、こちらでもこんばんは。

なおなおさん、いいんですよ。みんな、だらだらしているのだから。それに、ありのままの話こそ楽しくなると、私は思ってまして・・でも、たぶん7割くらいは私がきっかけですよね(^^;)
息子さんの台詞切ないですね・・でも、大人になれば、きっとその気持ちが分かるかもしれません。
例のクッション、いつか買いますよ~(^^) 

akikobbさん、ありがとうございます(^^) 期待されていると思うと緊張しますが、なおなおさんには、つい書きたくなってしまう何かがあるので、また脱線する気がしております(^^;)

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