本書は、アメリカの作家バーナディン・クックによる、1956年作の(日本版は1964年発表)古典とも呼ばれる絵本であり、松岡享子さんの「えほんのせかい こどものせかい」にも掲載されていた、シンプルであるが故の物事の深みを知ることが出来る作品です。
また、そのシンプルさは、終始、左右に開かれた見開きの同じ場面で展開される舞台劇のような渋さと、レミイ・シャーリップによる、モノクロの鉛筆画とペン画もそうであるが、その中に唯一緑色に塗られた池の存在感は、物語に於いても重要なアクセントとなっており、こんな点には、無駄なものは一切置かず必要最小限のものだけでも、物語は充分面白くなることを証明しているように思われた、何気ない日常の素晴らしさである。
その物語は、見開きの左にある、住処である池から「かめ」が出てくるのを、見開きの右端にある隣の家の塀から、それを興味深げに眺めている「こねこ」の場面から始まる。
毎日、この庭の散歩を日課にしているかめは、今日も同じようにマイペースで歩いたり休んだりしている中、こねこは庭の中に入ってくるが、かめと少し離れた位置で立ち止まる。そう、こねこはまだ経験が浅く、かめを知らなかったのであり、その用心深さはまさに猫のリアルな生態を見事に再現しており、そんな実際に触れられそうな空気感がいい。
それから、こねこは再び歩き出し、かめのすぐ近くまで来て立ち止まったとき、かめも立ち止まった。
かめは、こねこをみつめている。
こねこも、かめをみつめている。
そんな沈黙の中、先に動いたのは・・・。
と、いきなり、こねこが前足でかめをポン! と叩いた。
しかし、こねこはまるで見えない反撃を受けたかのように、目玉が飛び出すような驚きの表情を見せた。
それは、かめの首が消えて無くなっていたからで、かめの生態を知らないこねこにとって、それは恐怖心にも近い思いだったのであろう、一旦距離をとり、座ってひと呼吸しながら、さてどうしようかといったところ。
やがて、こねこはかめの周りを歩きながら、もう一度叩けば、また首が出てくるかもしれないと考え、それを実行するが、またしても予想外の出来事が起こり、こねこはあまりの衝撃に思考停止状態となり、そうしている間に、形勢逆転のような展開を見せるが・・・。
ここまで来ると、終盤のオチは予想できるかもしれませんが、かめにとっては、はなから気にもかけていなかった普段の行動が、たまたまそうなっただけであり、こねこはこねこ、かめはかめ、といったそれぞれの生き方が、今回はものの見事に噛み合わなかったというところに、人生の多彩な面白さの深みを垣間見た気分であった。
- 感想投稿日 : 2024年4月6日
- 読了日 : 2024年4月6日
- 本棚登録日 : 2024年4月6日
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