ルポ 川崎

著者 :
  • サイゾー (2017年12月26日発売)
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感想 : 5
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川崎に対するわたし自身のイメージは良くも悪くも実に貧困で、昔からのコリアンタウン、最近では多文化共生の街という印象しかなかったのだが、まったく知らなかった世界に案内してくれるルポだった。ある意味ではどんな街でも、同じ地域に住んでいる住民にさえ見えない世界が広がっているものなのかもしれないけれど…
最初の1,2章を読み始めたときこそ、小学生がギャングに出入りするなんてほとんど外国映画みたいで、なんだか嘘くさいようにも感じられたのだけど、さまざまな人たちへのインタビューを重ねて読むうちに、戦前から肉体労働者が集まる工業地帯という歴史をもつ街だからこそ、彼らを食い物にする暴力団が仕切り、未来に夢を描けない若者たちがそこに吸収されていく構図が、しだいに説得力をもって見えてくる。
本書の中では2008年のリーマンショックの影響がしばしば言及されていたが、日本の政治・経済・社会・教育をめぐる構造的変化がこの地域やその若者たちにどういう影響をもたらしてきたのか、社会学的な視点からの考察も読みたくなってきた。
もっとも、本書が強い魅力をもっているのは、この地域の人々を、調査や研究の対象、「問題」や「ダークツーリズム」の消費の対象として扱うのでなく、ラップミュージックやヒップホップダンス、ヘイトに対抗するカウンター行動、それに違法な活動まで含む、生き生きとした路上の文化を創り出してきた主体として、最大限の敬意をもって描いていることだろう。
音楽ライターであり一児の父親であるという筆者自身の立ち位置には、たしかに女性たちへのアプローチが弱いなどの限界もあるものの、相手を対象化する卑しさがない。そこがいい。
そしてこの書き手が引き出してみせる、すでに老成した感さえある川崎の若者たちの、真っ直ぐなまなざし。この歳になってさえ自分本位にしか生きていない自分が恥ずかしくなるほどに、彼らは傷つきやすい子どもたちのことや自分たちのコミュニティについて考えている。それは優等生的に押し付けられる郷土愛とはまったく違うものだ。こんな若者たちが生まれているのなら、きっと大丈夫。むしろ重要なのは、「川崎」を見下ろしている外の世界が、彼らから学べるかどうか、なのだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2020年9月17日
読了日 : 2020年9月17日
本棚登録日 : 2020年9月17日

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