世界最悪の旅: スコット南極探検隊 (中公文庫 B 9-4 BIBLIO)

  • 中央公論新社 (2002年12月1日発売)
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 図らずもアムンセンと南極点到達を争い、敗れたあげく全滅したスコット隊の一人が書いた報告書である。

 著者は極地到達部隊には組み込まれなかったため、帰還を果たした。極点の代わりに皇帝ペンギンの卵を得るため、著者は冬に営巣地まで行っている(これが「世界最悪の旅」)。スコット隊は科学者を何人も擁し、アムンセン隊に比べ科学調査の色合いが濃かったと強調されている。

 最悪の旅はもう本当に最悪だった。何が最悪かというと、まず、南極の冬は太陽がない。ずっと夜である。自分の行く手も、コンパスも見えないほどの闇なのだ。そして寒い。マイナス50度の寒さというのは、寝袋や手袋が凍るため、中に身体を押し込むことができず、紐や綱も凍るため設営や荷解きができないレベルの寒さで、人体の耐えうる限界だろうと思われる。あちこちに凍傷ができ、水膨れができる(下手をすると水ぶくれの中も凍るらしい)。息で帽子が頭にはんだ付けのように凍り付く。テントの外に出て、あたりを眺めただけなのに、その姿勢のままで衣服が凍り付いてしまう。また、犬橇ではなく、人力でソリを動かすのも最悪である。雪が柔らかく、足は沈み、ソリは砂の上を引くようなものだったという。ソリは2台だったが、1台ずつしか引けない。つまり1台引いて、また戻り、もう1台を引くというやり方だ。極寒の闇の中を3倍歩くことになる。クレバスだらけの氷脈を進むにも月光を頼りに人がソリを引いていく(著者は近視だが眼鏡すらかけることができない)。やっと卵を採集したと思ったら、大地をも吹き飛ばすような風が吹き、テントが飛ばされる。人間は吹き飛ばされながらも這って散乱した装備品をかき集める。極度の疲労に幻覚が始まり、眠りながら行進した。誰もが「最悪の旅」であることに異論はないだろう。

 印象的なのは隊員の精神力である。著者と旅をともにしたのはボワーズとウイルソンである(2人とも極地南進でスコットとともに散っている)。ボワーズは「最悪の旅」中、九死に一生を得たあと、もう一度ペンギンのところに戻ろうと言い出す。
 「敬愛すべきバーディー(ボワーズ)、彼は断じて打ちひしがれることを承服できなかったのである。わたしは彼が一度でも打ちまかされたのを見たことはない」また、「暗黒と厳酷のもと、他人が生き抜く最悪の場合と信じられる、これら苦難のすべての日およびその後においても、一言半句の憎しみ、怒りの言葉も彼らの唇をもれたことはなかった」という。
 本書は「この仕事の名誉はだれに帰すべきであるか、だれが責任をとったか、だれが苦難のソリ行にしたがったか」を明らかにするために書かれた。著者は死んでいった僚友の真の姿を残したかったのだろうと思う。壮絶なノンフィクションであるにもかかわらず、行間から証人としての義務感と思慕の情とがにじみ出て、読んでいて切なくなった。

 極地に向かったスコット隊についても、残された日記から詳細に状況を書き起こしている。また、なぜ遭難に至ったか考察もされているが、それらは他の人の書いた解説本や伝記でも十分伝わる(つまり類書の方が分かりやすい)。ただ、スコットたちの葬儀を行い、十字架を立てる部分だけは、遺体を捜し当て、遺品を集めた当事者だからこその感慨を多く含んでいる。碑文を決めるのに異論もあったらしい。結局「努力し、探索し、発見し、しかして屈するところなく」に決まった。

 かなり読みにくい部類の本だと思う。訳もよくないし、注も少ない。
 最初は地理が分からなった。赤道を中ごろに据えたメルカトル図法の世界地図に慣れており、南極大陸の大きさや形もピンとこない状態だった。当然ながら南極点のまわりは全て北なのだが、なかなか頭が追い付かない。Google マップも無力だったため、極地研が出している南極の地図を購入し、横に置いて読んだ(立川の極地研にも行った。南極の地形模型があり、非常に参考になった)。部隊がいくつかに分かれ、同時進行で行動しているため、それらを追うのも一苦労だった。ネットで見つけた各隊の時系列行動表を印刷し、座右資料とした。そこまでしないと、なかなか本書の理解は難しかった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2023年7月30日
読了日 : 2023年7月17日
本棚登録日 : 2020年10月5日

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