五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後 (集英社文庫)

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  • 集英社 (2017年11月17日発売)
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日本が満州国を設立した際、将来の満州国の運営を担う人材を育成するために満州建国大学が設立されました。学費、生活費は支給され、日本だけではなく、朝鮮人、中国人、モンゴル人、白系ロシア人と満州の関わる広範な地域から選りすぐられたエリートが在籍した当時の日本としては稀有な国際教育機関でした。定員150名程度に対し応募は2万人を超えていたという数字が、いかに優秀な人材を集めていたかを物語ります。
建国大学では「民族協和」の理念のもと、20数名の小グループに全ての出身国の学生が振り分けられ、当時の日本の施策を批判することも自由という、完全な言論の自由の保障のもと、国際感覚を養う教育が行われていました。
これほどの規模と先進的な教育機関でありながら、その存在はほとんど知られてきませんでした。敗戦後、日本人学生は日本の満州における傀儡国家運営を担う教育を受けたとして戦犯として扱われる危険性から口をつぐみ、朝鮮人や中国人の学生は日本の政策に一時加担したという疑いをもたれることは自分だけでなく家族までも危険に晒す可能性があり、在籍したことを隠し通すケースが多かったからです。
著者はあるきっかけから建国大学の存在を知り、数少ない在籍者への取材を試みます。日本国内だけではなく、中国、台湾、韓国、モンゴル、カザフスタンに在住する建国大学の元学生のインタビューに成功します。
本書にも記載がありますが、満州など日本国外にいた日本人の場合8月15日をどこで迎えたかがその後の人生の大きな分岐点となっています。本書で紹介されている日本人元学生さんも中国国民党に捉えられ、そのまま中国共産党との戦闘要員として駆り出されたり、ソ連軍に捉えられた人はシベリア抑留を経験されたケースもありました。
中国、台湾などでは元学生は「日本帝国主義への協力者」とみなされ当時の政府から厳しく弾圧されたりしたケースが多いのですが、韓国では建国大学に在学したスーパーエリートを国家の中枢に組み込もうとしました。その結果、韓国の首相にまで上り詰めた卒業生も本書に登場します。
このような大学が存在したことは、私も本書を読むまで全く知りませんでしたし、その卒業生の敗戦後の人生の振れ幅の大きさも想像以上でした。当時の日本の国策と結びついたエリート養成機関に関する取材だけに、当事者の口の重さもあり、困難な取材であったことは本書からも伝わってきます。ただ、卒業生の多くが非常に高齢であり、「今、話しておかなければ永遠に記録が失われれる」という気持ちと「今取材しておかなければ永遠に取材機会が失われる」という著者の熱意が結びついた、昭和史、近代史の今まで知られてこなかった一面を知ることができるノンフィクションだと思います。2015年開高健ノンフィクション賞受賞作です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション(社会)
感想投稿日 : 2021年4月15日
読了日 : 2021年4月15日
本棚登録日 : 2021年4月15日

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