ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書 2257)

著者 :
  • 中央公論新社 (2014年3月24日発売)
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 図書館より

 ハンナ・アーレントはユダヤ人の政治哲学者さん。この本では彼女の生涯と代表的な著作『全体主義の起源』や『人間の条件』などの要約なども書かれています。

 ハンナ・アーレントについては映画を通して初めて知ったのですが、その人生は思っていた以上にドラマチックでした。
師匠であるハイデガーとの恋愛や、ナチスによる逮捕、そしてアメリカへの亡命、徐々に実績を認められつつも、ユダヤ人虐殺に携わったドイツの高官をめぐる「アイヒマン論争」で友人の多くと絶縁状態となり…

 映画ではアイヒマン論争に的を絞って描かれていましたが、それは本当に正解だったと思います。彼女の人生全部取り上げようと思えば、ものすごく薄味の映画になっていたと思います。

 彼女の思考や哲学の根底にあったのは自身が「ユダヤ人」であったことなのかな、と本を読み終えて思いました。

 長い迫害の歴史で、帰属するべき共同体もない、そしてナチスによる虐殺、そうした中でアーレントは迫害された民族としてのユダヤ人を冷徹に、客観的に直視し、そしてユダヤ人虐殺を許した全体主義も感情的にならず見つめました。

 人と人の多様性から生まれる公共性(リアリティ)をアーレントは重要視します。そして「思考の動き」ためには他の人の思考の存在、つまり対話や論争の際、一つの立脚点に固執しない柔軟性が必要と説きます。

 それと対極なものとして大衆ヒステリーなどで、思考に動きが無くなってしまうことを思考の欠如と説き、それは私的で主観的なものと捉えました。

 そして公共的なものがなくなり、人々が孤立した時、人間は大きなイデオロギー、つまり全体主義に組み込まれるとしました。

 パリのテロ後、地元のイスラム教徒が迫害を受けるニュースや、パリの移民がISに魅力を感じる理由などが取り上げられた報道を見ました。そういうのを見ていると、思考の欠如がパリ市民の一部がイスラム教を見境なく憎む、というイデオロギーに、
また現状に不満を持つ移民層がISのイデオロギーに取り込まれる様子も、彼女の哲学が今も生きていることを証明してしまっているように思います。

 しかしこの哲学が正しいなら、そうした思考の欠如を避けるためには、公共性を取り戻すこと、つまり他者との対話、そして多様性を認めることしかないということもきっと正しいはず!

 また報道の話ですが、イスラム教徒の男性がパリの広場で目隠しをして立っている姿が話題を呼んでいるそうです。
この男性は「私はあなたたちを信頼しています。あなたも私を信頼してくれるなら、私にハグをしてください」というメッセージの書かれた紙を足元に置いています。
そしてパリの人々は彼にハグをしていくのです。

 思考の欠如を避けるためには、こうしたお互いの歩み寄りが何よりの武器になるということだと思います。

 こんな時代だからこそ、全体主義の罠に陥らないためにきっと彼女の哲学は役に立つはずだと思います。

 少し前アーレントの『人間の条件』を読もうと思って挫折してしまった自分にとって、この本はありがたかったです。いつか再挑戦したいなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション・新書・エッセイ・評論など
感想投稿日 : 2015年11月23日
読了日 : 2015年10月31日
本棚登録日 : 2015年10月28日

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