小説は1916(大正5)年から1926(大正15)年に書かれたもの、随筆と俳句は同時期から1949(昭和24)年あたりまでのものが収録されている。
久米正雄という名には、日本近代文学を読んでいるとけっこう頻繁に出会う。文壇内での交友関係も広く、かつ、恐らく大正時代の文壇の中心付近にいた人なのだろう。しかし、こんにち、久米正雄の作品にはなかなか出会えない。紙の書籍としては、現在刊行されているのはこの岩波文庫1冊だけなのではないか。
初めて読んでみた久米正雄の小説は、しかし、なかなかに良かった。ストーリーはシンプル、ストレートで、どこか清々しい。作者自身、素直でオープンな人だったのかもしれない。
文体に魅力がある。読みやすく平易なのだが、ちょっと変わった言葉遣いもあるのが、味わい深い。
本書を読む限り、結構良い小説群である。もっとも小説は本書の2分の1強程度しかなく、もっと読みたくなる。解説を読むと明白に「通俗文学」と呼べるものをも書いたらしいし、意外と多様な作品群を残した作家なのかもしれない。
1891(明治24)年生まれの久米正雄は、菊池寛の3歳下で、1892(明治25)年生まれの芥川龍之介は3月生まれなので、久米と芥川はもしかしたら同じ学年だったかもしれない。
随筆の部の最初にある「芥川龍之介氏の印象」は、高校時代から一緒に過ごしてきた、ごくごく親しい仲間の目で少年-青年期の、マジメで勤勉な芥川像を描き出しており、これはなかなか貴重である。
随筆と言うよりエッセイっぽいこれらの作品は、当時の文壇や世間の様子を刻んでいてなかなか興味深いものがあった。
この作家の本が紙媒体では他に手に入らないというのが、非常に残念だ。
- 感想投稿日 : 2023年2月13日
- 読了日 : 2023年2月13日
- 本棚登録日 : 2023年2月13日
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