立憲主義と日本国憲法 第2版

著者 :
  • 有斐閣 (2010年5月15日発売)
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「個人の尊厳」と「人間の尊厳」

日本国憲法は「個人の尊厳」(individual dignity) にコミットした。ドイツ基本法は「人間の尊厳」(Wurde des menschen) にコミットしている。人間の尊厳という場合…基本法の命令は、人間を非人間に扱ってはならないこと、人間としてふさわしい扱いをすべきことを意味する。これに対し、個人の尊厳は、個人と全体(社会・集団)との関係を頭に置かれた概念であり、全体を構成する個々人に価値の根源をみる思想を表現している。…戦前には、社会における最も基礎的な集団である家族関係が、個人より集団(家族)を重視する価値観を基礎に形成されていた。この反省が背景となっている… (70頁)



個人と全体(団体・集団)の関係

特に個人が生まれ育った共同体(家族、宗教的集団、国家等)の体現する価値は、個人に「負荷」されており、それが攻撃され動揺させられるときには…自律的生自体が困難となろう。しかし、個人は共同体に価値により全面的に負荷されているわけでわない。人間は、未来に向かって新しい価値を想像していく能を授かっており、過去に負荷された価値を踏み台にしつつ、それを意識化して、その反省・批判を通じて自己固有の自律的生を切り拓いていく存在である。(72頁)



憲法変遷論

…憲法慣習法が憲法規定に「取って代わる」というと捉え方は、ミスリーディングであろう。憲法慣習法が憲法規定を押しのけて自らが形式的意味の憲法の位置につくかのような印象を与え、その憲法慣習法の改正には、憲法の定める改正手続きを必要とする家の誤解を与えるからである。むしろ、実効性を喪失した憲法規定はいわば「仮眠」に入り、法の欠缺と同じ状態が生じ、その欠缺を慣習法が埋めている状態を理解するのがよい。こう解すれば憲法慣習法の改正は法律でも可能であるし、憲法が眠りから覚めることもありうることが無理なく説明できる。…憲法慣習法の成立を認めるには、長期間の経過と国民の圧倒的多数な支持(憲法改正も不要とするほどの)を必要とすると考えるべきであろう。(401頁)

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感想投稿日 : 2016年12月31日
読了日 : 2015年3月31日
本棚登録日 : 2016年12月26日

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