注:以下の文章は山崎宇宙飛行士を批判している訳ではありません。
「私には到底、理解しがたい考え方である」
とあくまで書いているだけに過ぎません。
内容はよくありがちなパターン化されたものです。
まずはお決まり、自分の生い立ちから始まります。
そして宇宙飛行士になった理由、宇宙飛行士としての訓練での苦労、
スペースシャトルでの宇宙飛行と続きます。
そして言うまでも無く、エピローグ(フィナーレ、クライマックス)は
地上に無事、生還してから家族との感動の再会です。
本当に絵にかいたようなお決まりの展開です。
特に科学的な内容が書かれているわけでもないです。
何かを達成した方に対して、出版社が出版を持ちかけて書かせる(書いてもらう)
お決まりのパターン化された日本に数多くあるごく普通の
ごく一般的なエッセイです。
ですのでまず人にはオススメしません。
お決まりの内容であり、これといった特徴が見つからないからです。
そしてここからが最初に書いた本題です。
山崎宇宙飛行士はエピローグにこのような事を書かれています。
「もちろんNASAの技術力、スタッフの力量、
そして何よりも私たちの船であるディスカバリー号に、
私は全幅の信頼を置いていた。」
この文章は私には到底、理解しがたいものでした。
なぜなら私はNASAを全く信用していないからです。
なぜ信用していないかは長くなるのでここでは書きません。
しかし宇宙に行くためにはこのような認識でなければならないのだ、
とつくづく感じました。
つまり私は死んでも宇宙には行けないのでしょう。
- 感想投稿日 : 2021年4月22日
- 読了日 : 2021年4月22日
- 本棚登録日 : 2021年2月16日
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