リニア新幹線が不可能な7つの理由 (岩波ブックレット)

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  • 岩波書店 (2017年10月6日発売)
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日本人ってつくづく不思議。なぜなら「絆」とか「おもてなし」とか、他人に対する思いやりめいた言葉が好きなわりには、高速道路や空港や発電所などの建設で生活を分断され、騒音や汚水で悩まされ、一時的なお金をばら撒かれて人生が狂わさせようとする人たちに対しては、自分たちの便利さだけを見ようとして、あまりにも被害を受けている人の苦しみに鈍感で、まるで見て見ぬふりをしているかのように見えるからだ。

特にいま挙げた高速道路などの施設では、大掛かりな工事を伴うこともあり、街なかを避けて住宅が少ない郊外で行われることが多くなっている。しかし当然ながらその鄙びた地域でも人の生活が存在する。その地域の住民の生活を犠牲にすることで、私たちは便利さや経済効果なるものを享受できているのである。

リニア新幹線についても、多くのの日本人は「便利になるし、早く出来てほしい」と(私と同じく)単純に思っているはず。しかし著者はリニア新幹線が不可能になる理由として「①膨大な残土」「②水涸れ(がれ)」「③住民立ち退き」「④乗客の安全確保」「⑤ウラン鉱床」「⑥ずさんなアセスと、住民の反対運動」「⑦難工事と採算性」の7つを挙げて検証する。

ちなみに④は、強力な電磁波の発生の乗客への影響や、大量の消費電力確保のための送電での高圧化の影響、地震等の緊急時の避難経路確保の困難性などを指し、⑤は計画路線が通過する岐阜県内に日本最大級のウラン鉱床が存在し、トンネル掘削によってウラン含有土が地表に排出されるため、従事者や処分地付近住民への放射線による影響についての課題を指す。

しかしながら、ここで私は、著者が頭ごなしにリニア計画に反対しているのではないことを強調しておきたい。文中、橋山禮治郎さんの論として引用されているが、リニア事業の有用性のキーワードとなりうる「環境」「経済性」「技術」についての課題がクリアされ、かつ、それらの課題に関して関係住民に事業者が十分かつ丁寧な説明を行えば、反対する理由はなくなるという見解だ。

だが、①から⑦までを読むうちに、事業者であるJR東海にとっては、何はともあれ「リニア建設」という目標をまずありきとして、課題を著者や住民側から示されても、説明を先送りにし続け、あげくに対話を一方的に終えようとしているのでは?という思いが募っていった。いわゆる“結果ありき”で先送りや当座のごまかしで取り繕うというような姿勢でやり過ごそうとしていないだろうか?

もちろんJR東海にも“言い分”はあるだろうが、私には「素人に言ってもわからないだろう」というような不遜な態度が透けて見える。課題に真剣に向き合い、日々解決を地道に考えてる者ならば、素人へのアカウンタビリティについてのノウハウも並行して身に付くはず。それができない(しようとしない)のは、要するに何一つ課題解決への糸口が見つけられず“強行突破”しようと画策していることの裏返しだと考える方が自然だ。

事業者(JR東海、またはその背後にいる国)が十分な説明を住民にしないというのは、ひとえに日本人の特質である「礼節」を著しく欠いた姿勢ではないか?という思いを読後に感じざるをえず、この問題はリニアが通じようとする地域の住民だけでなく、日本人全体で、日本人が大切に守ってきたその特質に対する挑戦だと受け取らざるをえない。事業者は真摯に課題を検討し、もし課題が解決できないのならば、そのツケを一部の住民に押しつけ、苦しめるべきではない。それが守られないのなら、絆を大切にする日本人として、一丸となってリニア新幹線計画に対して毅然とした対応を取ることが、正義そして日本人の道義に適っている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2019年10月22日
読了日 : 2019年10月22日
本棚登録日 : 2019年10月22日

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