本書の宣伝で『そして誰もいなくなった』が使われ、あちらこちらで見聞きしていた表紙だったので久しぶりに密室もの系でも読んでみようと手にとった。
読みだして真っ先に思ったのは、あれ、これ翻訳本じゃないよね? 日本人が書いてるんだよね? と再確認してしまったことだ。これはきっと多くの人に当てはまるのではなかろうか。
私はそれが良いとも悪いとも思わない。ただ、登場人物が一人を除いて全員西洋人名で、それも殺される人物たちのキャラ造形がほぼないに等しく、だれがだれかさっぱり馴染めなかったことは最後まで大きなマイナスだった。
本書は著者のデビュー作だということだし、著者さんは東大卒の理系ばりばりの方なのかなと勝手に推測して、物理と科学落ちこぼれの私はよくもこれだけの空想科学ネタを舞台にミステリなんて書いたものだなあとひたすら感心するのだけれど、いかんせん、このキャラの薄さ=事件のモチベーションの薄さ=説得力の薄さに最後までつながってしまったのが残念だった。
最終的な私の評価は『そして誰もいなくなった』を宣伝文句に使ったのが良くも悪くも…というので★3つ。
たしかに閉鎖状況で次々死体が見つかるとあれば『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせるのかもしれない。
が、あの本のすごさは「意味不明の童謡に乗せて次の殺人が起こるのが必然である」という不気味さだ。あの心理的圧迫はみごとだ。本のなかの人物たちも、そしてそれを読んでいるこっちもぜったいに逃れられない。
本書も私的にはたしかに途中まではおもしろかった。が、後半からは大きくトーンダウンしてしまった。いちばんの見せ場であるはずの犯人独白シーンで緊張感が続かないというのは、私はミステリではけっこう稀な経験だ。
ただそのつまらなかった最終シーンで、この本のなかで唯一といっていい心に訴えてきた手ごたえのある描写があった。
P370
あんたが馬鹿だっていうのはね――レベッカに対するあんたの凄まじい思い違いよ。
レベッカとあんたが他人同士? んなことあるわけないでしょ。
あんた、レベッカからノートをどうやって手に入れたの。力ずくで奪ったの? 違うでしょ? 彼女からノートを託されたんでしょ、どういう状況か知らないけど。
あんたの知ってるレベッカは、世界を変えるほどの研究成果が書かれた大事な実験ノートを、どうでもいい他人にほいほい渡すような娘だったの?」
青年の顔に、初めて――呆然としたような表情が浮かんだ。
ここで「呆然」なんて言葉で逃げず、もっとほかの彼の心理描写を的確に表す描写をしてほしかったところだけど、なによりそこにいたるまでの前セリフがよかった。
こういう人物描写がこの人できるんじゃない。
それをこの(多くの読者がいけ好かないと評している)女性刑事の口から発せられたというのが嫌いじゃない。
これで機会があれば次も読んでみたい、この刑事シリーズにもう少し期待したいと思った。
====データベース====
特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー6人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。
21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!
精緻に描かれた本格ミステリにして第26回鮎川哲也賞受賞作、待望の文庫化。
- 感想投稿日 : 2023年1月19日
- 読了日 : 2023年1月19日
- 本棚登録日 : 2023年1月19日
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