専門知は、もういらないのか

  • みすず書房 (2019年7月11日発売)
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Chat GPTが使いこなされるようになると、恐らく専門知に対する社会の中での扱いは、更に変わってくる。ハルシネーションを見抜けず、しかし、自分も議論に参加できる資格を得たようなつもりになり、やることなす事批評したがる層が増えるだろう。中野信子の講演で、こうした自粛警察的な人間の行動は脳科学的に解明されているものとの話があった。コロナ禍以前にも直面していたが、更に傾向が強まっている。

民主主義社会は、あれこれ意見の出る公共空間があり、常に既成の知識に挑戦しようとする特徴がある。熟議の責任を負うのは、その結論を導いたマスである。孤独な正解者を社会的にリンチした後、それを知らずに呑気に破滅していく世界も、実は我々と隣り合わせだ。それだけ、民主主義や数の暴力は危うい。新聞の購読率は高齢者の消費傾向に救われ急激な低下はしていないが、新書のベストセラーは日本人口の1%、読解し、思考する層はその程度で、多くは与党と野党のマニフェストの違いや税金の用途さえ知らず、必死に働き、のんびりエンタメコンテンツを浴びる日々を送る。

専門知は必要だが、それが開放され、ネット経由で気軽に取得でき、大衆が大好きなお喋りやリンチへの参加券を手にし易くなった事には相応の危険がある。そもそも専門知とは定義を絞り込む過程で専門用語への置換を何層にも重ねる事で、原理、法理のフォーミュラを美しくした結果、醸成されるという性質を持つ。限定合理的な参加券の発行枚数が増え、数の暴力で査読を経た論説を覆しながら、反知性が市民権を得ていく事は恐怖だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年5月5日
読了日 : 2023年5月5日
本棚登録日 : 2023年5月3日

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