近代部落史-明治から現代まで (平凡社新書)

著者 :
  • 平凡社 (2011年2月16日発売)
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感想 : 10

本屋で見かけて、図書館で借りようかな~と思ったものの、時間がかかりそうなので、読みたいしーと買った本。「歴史学」で部落問題にアプローチした本、ということになるらしい。

▼…「解放令」に始まる近代においては社会の構成員が、そしてときには時の権力も、被差別部落の存在を巧みに利用することによって、部落差別を維持してきたのであり、その差別の根拠は、被差別部落の起源に求められることが多いという現実がある…。「人種がちがう」「民族がちがう」といった誤った認識はもとより、そのような人種や民族のちがいを言い立てる起源論がまちがいであることを知っている人びとも、しばしば、「血筋がちがう」「一族の血がけがれる」「家柄がちがう」などと…出自に関わる理由をもちだし、とりわけ結婚において被差別部落出身者を執拗に排除してきたのである。(pp.11-12)

黒川さんは、「人種がちがう」「民族がちがう」などの起源論による"生まれの線引き"は、「解放令」によって取り払われた"生まれながらの線引き"に代わりうるものとして、差別を欲する民衆が創造したものだという。

この「人種が違う」という"人種主義"を軸に、差別は時代ごとに姿を変えながら現代まで根強く残っている、というのが黒川さんの主張といえるだろうか。

図書館の本にはめったについてこない帯には、こう書いてある。

部落問題は終わっていない
近代の日本社会に取り憑く病理の根源を解き明かす
問題の所在をトータルに明かす通史決定版!

個人的には、戦前の婦人水平社の話や、戦後の婦人部たちあげの話をもっと読みたいな~と思った。「二重三重の差別と圧迫」の告発は、1920年代末までの婦人水平社の短い活動期間のなかですでにおこなわれていた。

『同和はこわい考』の藤田さんが主張してきた「両側」から超えるという話、そして「部落民」とは何かという問いについても、むかし読んだちょっと古い本をまた読んでみようかなと思った。

差別を欲するというそのココロは、どんなものか。黒川さんの書くように、自己を安泰に置くためなのか。

誤字発見:p.230、狭山事件について述べたくだりの「見込み操作」→「見込み捜査」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 買った
感想投稿日 : 2011年3月8日
読了日 : 2011年3月4日
本棚登録日 : 2011年3月4日

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