なぜ、日本は50年間も旅客機をつくれなかったのか (だいわ文庫) (だいわ文庫 H 35-2)

著者 :
  • 大和書房 (2008年3月10日発売)
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感想 : 6
5

2008年以来の再読。
もっと残して置けることがあったはずとブクログに記す。

***

航空業界は昔も今もリスクをいとわぬ企業精神が発揮されてこそ。この世界を勝ち抜いて行くための必須条件。

巨大かつ最先端の技術の結晶=チャレンジング精神を必要とする。尊属・安定を求められる日本の企業風土とってはなじみにくい。

ボーイング B747が売れず、大量リストラで切り抜ける
ロッキード トライスターの売れ行きが芳しくなく、1971年に事実上の倒産
ロールス 倒産経験あり。RB211でCFRPのファンが最後に強度不足と判明。大赤字。

先端技術の結晶となる旅客機は、サプライチェーンの裾野も広く、その他領域への技術の波及効果も大きい。

親方日の丸として防衛軍需に大きく依存してきたため、情報がどれも機密扱いとされ外に出る機械がない。閉鎖的な環境・文化。

YS11以来、国産旅客機を手がけられなかった4つの問題。

まず背景として、
依存してきた防衛需要が頭打ち。さらに先細りとなったから。
東西冷戦構造の崩壊、そして、軍需の必要性低減。
少ないパイのために、ドラスティックな合併。USは三社集約、EUはEADSへ。エアバスはその子会社。が、日本は蚊帳の外…
YS11での360億円の赤字。技術的には成功したが、経営的には失敗した…。その後、踏み切れず。
他国同様、国の総力を挙げて望まないとならない。

1.かつては航空大国ニッポンだった。年間2万9千機も生産し、100万人も従事していたことがあるが、敗戦し、GHQに航空解体された。7年間。この間に、プロペラからジェット化。1952年に再開も…
2.開発費が巨額化。投資を回収しようとすると、国外需要も取り込まないとならないが、航空機は実績と信用が重視される世界。新規参入のハードルが高い。
3.航空では8~9割が防衛関連。親方日の丸主義が浸透し、リスクがある中、民間に着手する意欲なし。欧米と違い、総合重工業が兼業しているので、リスク下げたい。
4.一貫性のない政策。その時々で判断が右往左往し、場当たり的。

GHQが航空解体するも、朝鮮戦争で急転。日本を反共の砦として、航空再開。F86やT33のライセンス生産開始。昭和25年。

中島飛行機は文字通り専用工業であったため、航空解体で人員を散逸する。残ったメンバーで鍋・釜などからはじめ、タイプライターなど次々と着手。成功するものの、航空の性能第一主義からコストの問題が多かった。12社に分断されたうちの五社を再結集し、富士重となる。三菱は他業種に配置転換。

失われた10年のうちに、品質管理・量産手法・スペックなど体系化されたシステムが大きな違い。
日本の5社からなる合弁・NJE(日本ジェットエンジン株式会社)設立も、通産省の怠惰から自主開発断念。責任と巨額の資金のリスクを誰も取れない失態。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ビジネス
感想投稿日 : 2011年10月9日
読了日 : 2008年4月5日
本棚登録日 : 2011年10月5日

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