あの戦争から遠く離れて: 私につながる歴史をたどる旅 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2018年7月28日発売)
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感想 : 9
4

筆者は、本書の最終章の最後の部分で、この本の物語を総括して、下記のように書いている。
【引用】
昔、日本が負けた大きな戦争があり、牡丹江を渡ってやってきた一人の日本人が、中国人の夫婦にもらわれて、成長し、本当の両親のもとへ帰っていった物語は、いまでも、あの小さな村で、伝説のように語り継がれている。
そんな父の娘に生まれたことを、いま、私は心から誇らしく思う。
【引用終わり】

筆者の祖父は太平洋戦争時、満州での軍人であった。祖父の子供、すなわち、筆者の父がまだ幼い頃に戦争は終わり、日本は負けた。満州にはソ連軍が攻め込んできて、かの地の日本人はとても苦労をした。筆者の祖父もシベリア抑留を余儀なくされた。日本人であるだけで危険な状況の中、筆者の父親は親と離れて中国人にあずけられる。幸いに、養母にひきとられ貧しいながらも教育を受けながら育つ。この頃、筆者の祖父母は、それぞれ、日本に帰国することが出来、愛媛県の八幡浜で新しい暮らしを始める。
本書は、筆者の父親が中国で養母のもと、どのように育ったのか、そして、残留孤児の先駆けとして、日本にどのように戻り、日本でどのように暮らしたのかを記録したノンフィクションである。筆者自身も中国の、昔の満州地方の大学に留学し、中国語を習うとともに、父親を育ててくれた親族との交流を深める。
戦後間もない時期の満州での日本人は大変な思いをしたし、また、筆者の父親は、中国の戦後の、例えば、大躍進運動や文化大革命といった混乱の中を生き抜いた。そのように、一人の日本人の子供が中国で育ち、日本に帰国し、日本人と結婚し、筆者のような子供をもち、その子が、一家の物語をノンフィクションにまとめる、というのは、それ自体が一つの奇跡であると感じた。
こういった奇跡の物語に対しての、日本という国の対応に、筆者は、また、多くの関係者は深い不満を抱えている。
【引用】
軍人として「お国」のために戦い、シベリア抑留までされながら、帰国後は長い間日本の軍人としては扱われなかった祖父と、中国に残された日本人としてその半生を中国で生き、帰国後は次第に国への不信感を募らせていった父。戦争が生んだ悲劇、という言葉で片付けるにはあまりに重い現実だった。そして、その二人の人生があったからこと、私は、いま此処にいる。
【引用終わり】

そういう意味では、本書の題名は「あの戦争から遠く離れて」であるが、実際には「遠く離れて」はいない。本来、「あの戦争」の落とし前をつけるべきであった国に代わって、生き抜いてきた人たちの物語である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年7月13日
読了日 : 2023年7月13日
本棚登録日 : 2023年7月12日

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