透明な季節 (講談社文庫 か 9-1)

著者 :
  • 講談社 (1980年9月1日発売)
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感想 : 1
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第23回江戸川乱歩賞を受賞した梶龍雄氏の長篇第一作。太平洋戦争末期、中学の配属将校が射殺された事件をきっかけに、主人公・高志は彼の妻である薫に淡い恋心を抱いていく……推理小説の形式を取りながらも、卓越した筆力で戦時下における青少年の心理状態を鮮烈に描き出した名作である。本作では《戦時中》という特殊な状況が作品全体を貫いて作用しており、時局の変化に左右される国民の姿が生々しく描かれている。当然、そうした背景は殺人事件にも大きく影響している。序盤こそ諸田少尉の死を中心に物語は展開するが、中盤以降は主人公が抱く未亡人薫への恋慕が物語の軸となる。戦局が激しくなるにつれて所轄署の捜査も中断を余儀なくされ、一人の刑事が個人的に捜査活動を継続するといった状況になってしまう。数百万の死没者を出した戦時下という異常な状況において、個人の死がいかほどの重みを持つものだろうか? 現に、作中では被害者である諸田少尉以外の登場人物たちが戦火の最中で多数亡くなっている。著者はこうした問いかけに対し、思春期の主人公に《戦争による死》と《悪意ある死》を明確に区別させることで一つの解答を与えている。
ラスト一行で明かされるタイトルの意図が胸に響く。

一方で、本作を純粋にミステリとして見ればその平凡さは否めない。事件の推理はアリバイ考証が主であるが、証言がいずれも曖昧であるため、やや冗長に陥ってしまっている。終盤で明かされる真相にもさほど新奇さはない。しかし、後年の著者作品でより顕著になる伏線技巧は、本作でもその片鱗をのぞかせている。修練時のエピソードや子供同士の他愛ない噂話など、随所に犯人の動機を示唆する伏線が敷かれており、終盤で一気に回収される手腕は見事という他ない。自らを「状況設定がトリックに先立つ《アト型作家》である」と称する著者だが、日常の些細な謎が意外なところで真相と繋がっているという創作スタンスはこの時点ですでに確立されている。

絶版作品の価格高騰が著しい梶龍雄氏だが、本作は『江戸川乱歩賞全集(11)』に収録されているためか、現在でも文庫版を安値で入手することができる。また、八二年には藤田敏八監督によって映像化もされているようだが、未見のため詳しい言及は差し控えさせていただく。梶作品の最高傑作とも評される二作目『海を見ないで陸を見よう』は本作の直接的な続編にあたる。『透明な季節』で描かれた関東大空襲から三年後の昭和二三年、高志は東舞子で再び事件に遭遇することになる。プロット上の関連はないので二作目から読み始めても問題ないが、やはり戦中戦後と移り変わる時代背景や主人公の成長をかみしめるため、一作目から順に手をつけておきたい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 推理小説(日本)
感想投稿日 : 2018年8月26日
読了日 : 2018年8月26日
本棚登録日 : 2018年8月26日

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