めぐり会い

著者 :
  • 徳間書店 (2008年5月16日発売)
3.06
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本棚登録 : 30
感想 : 7
5

岸田るり子さんの作品は、いつも妙な現実感を伴って引き込まれてしまう。
この作品は、私にとって身近な土地、京都に加えて4月15日の日付の写真から始まる。その日付は、現実の日付とぴったりと重なり、まるで今、身の回りで事が進行していっているような、不思議な感覚にとらわれた。

それは彼女の第一作を読んだ時もそうだった。
あの時は、ちょうど私がチックを使った実験をしてまとめようとしているところだった。作品中のフランスの研究所や研究者も、元のモデルが具体的に浮かんでしまっていた。その余分な知識のせいで、逆にトリックが読めてしまったのは残念だったけれど。

まあ以前の作品は置いといて。
この作品は犯罪のミステリがコアに据えてはあるけれど、本当のミステリはタイトルにある。
この先はネタバレを含んでしまうので、読まれる方はご注意ください。



絵を描く主人公の女性は、10歳ほども年下の少年に魅せられる。その場面が素晴らしい。その女性は、少年の残した詩の断片に魅かれるのだ。そして少年の絵を描く。
絵描きの彼女にとって、絵を描く行為は、その対象に同化して体感することなのだ。そのあたりは、桜を描くシーンでしか語られない。だけれど、絵描きの眼で物を観察する行為は、対象の魂をその内から感じることに他ならない。

詩を書く少年は、きっと表現する時に対象を視覚ではなく、感情で感じ取る人だったのだろう。だから、彼には、彼女の心の痛みこそが自らの痛みのように感じ取れたに違いない。彼の感性は視覚としては現れないのだ。

だが、作品の中ではそんな風には、語られない。
だけれど、語られないところでまで、現実のように読みとれてしまう。

少年が書き、時が残した詩の言葉には、たしかな彼の予感が刻まれている。ただ、少年はそれを予感だとは思っていない。それを予感だと作者も語らない。
絵描きの女性も、やはり「めぐり会い」を予感している。だが、現実的に考えて、その予感を受け入れようとはしない。

運命を考えるとき、この物語はあまりにも事実を描いている。
私たちは、人生を振り返ってみると、何度も予感している。知っている。
ただ、その予感を頼らないだけだ。現実や経験を頼るだけだ。

さらに共感したのは、登場人物たちがそれぞれの視点から相手を語る時、随分と間違えた理解をしているところだ。
フィクションなのに、あまりにもリアルだ。

人は他人のことを、ほとんど理解していないのにも拘らず、自分のわずかな経験に基づく狭小な視点から、無理な解釈を当てはめて納得しているのだろう。
そして、相手の立場に立って考えるということができずに、理解していないことにも気付かずに、相手を非難するのだ。

作者の鋭い視点はさらに冴えわたる。自分勝手で計算づくの、欲望に満ちた「愛」がたくさん語られる。現実に人が愛と呼ぶものの中身は大抵こういうものだ。

それらのことを、作者はただ静かに描く。
世の多くのいわゆる「人間関係」というものの真相を、ただ静かに優しく描く。

だが、この物語が本当に美しいのは、その先に真実の愛が描かれるからだと思う。魂が呼び合うだけの、感性が共鳴するだけの、所有するのでも依存するのでもない愛が描かれ、予感していたことはこれだったのだと安心させてくれた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリ
感想投稿日 : 2010年4月15日
読了日 : 2010年4月15日
本棚登録日 : 2010年4月15日

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