これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

  • 早川書房 (2010年5月22日発売)
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NHK教育TVで「ハーバード白熱教室」というタイトルで放送されて話題になったマイケル・サンデル教授の正義論。
この本は考えさせる本だ。考えたを馳せた例を挙げてみると、
- 自殺や尊厳死は認められるべきか否か、それは何故か
- 殉教的テロの正当性はどのように反駁されうるのか
- 今後想定される日本の世代間の格差は政治的に補償されるべきなのか
- マニフェストと選挙結果と政治的責任の関係はどうあるべきか

自分が若い頃には、理系頭の人間らしく論理と物理法則にすべてが収斂されるのだと考え、ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものについては、沈黙を守らないといけない」という言葉に心の底から同意していた。「道徳」というものも沈黙を守るべきものの類に入るものなのだと考えていた。歳を取って、どうもそんなに単純ではない、もしくはそんなに単純ではあっては欲しくない、と思うようになってきたのだろうか。本書に出てくる次の言葉に心に染み入ってくるものを感じる。

「人生を生きるのは、ある程度のまとまりと首尾一貫性を指向する探求の物語を演じることだ。分かれ道にさしかかれば、どちらの道が自分の人生と自分の関心事にとって意味があるか見きわめようとする。道徳的熟考とは、みずからの意志を実現することではなく、みずからの人生の物語を解釈することだ。」(P.287)
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本書の原題は『Justice: What's The Right Thing To Do?』。
その副題の通り「正しいこと」を、どのように導びくのか、その正統性はどこに求めるべきなのか、といったことを多面的にかつ具体的な例を挙げて検証している。
「正義」とは言い換えると、公平な分配、公正な判断、倫理や道徳、行為の自由と正当性の問題である。この正義の問題は、個人の行為から共同体の行為にまで拡張される。本書の中でなされる議論では、正しい行為とは何であるのか、それはいかに規定することが可能なのかというのが常に根本にある問題意識となっている。

著者は正義についての過去の思索として、ベンサムやミルの功利主義、ハイエクやノージックのリバタリアリアニズム、カントの道徳哲学、ロールズの正義論、アリストテレスの倫理学など、西洋中心で古今東西とは言えないが、幅広く多様な理論を取上げ、それらについてケーススタディのような具体的な例を取り混ぜて対比解説していく。
この辺りの手練がハーバードの講義でも如何なく発揮されていた点で、本書を優れたものにしている理由だ。

これらの解説と議論は、最後の二つの章(9章と10章)への優れた導入になっており、準備されたこれらの章こそが著者の伝えたいメッセージの核となっている。

ときにコミュタリアンとも分類される著者の立場はこうだ。
「選択の自由は...正しい社会に適した基盤ではない。そのうえ、中立的な正義の原理を見つけようとする試みは、方向を誤っているように私には思える」(P.284)

サンデルは政治哲学の第一人者として、ありうべき「共通善に基づく政治」についての考察を最後に掲げている。そこで、「道徳を回避する政治」よりも「道徳に関与する政治」を行うべきだとして本書を締めている。
これは政治的中立やポリティカルコレクトネスとは微妙に摩擦を産む考え方かもしれないが、一歩踏み込んだ主張をしているように思える。

こうやって書評を書いて読み返してみると何かとても難解な書籍にも感じるが、実際には決してそうではない。すっきり分かる類のものではないが、考えるべきポイントは分り易く提示してくれている。さすが人気講義でベストセラーになるだけのことはある本である。

「正義は、ものごとを分配する正しい方法にかかわるだけではない。ものごとを評価する正しい方法にもかかわるのだ。」(P.336)

これが、ポイントだ。そのように思える。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 哲学批評
感想投稿日 : 2010年8月8日
読了日 : 2010年8月8日
本棚登録日 : 2010年8月8日

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