独特老人 (ちくま文庫 こ 49-1)

著者 :
  • 筑摩書房 (2015年1月7日発売)
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感想 : 4
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最初に断っておくが、自ら、老人の境地をかみしめる年齢というわけで、こんな書名に気持ちが引かれたのではない。著者に対する、単なる好奇心から手に取っただけなのだ。

後藤繁雄という名前を知ったのは、京都造形芸術大学で2006年に行われた「スーザン・ソンタグから始まる:ラジカルな意思の彼方へ」というシンポジウムを本した「スーザン・ソンタグから始まる」という新書版の本の中だった。2004年、白血病でなくなってしまったソンタグに対する、真摯な発言を記録した好著であり、中でも、シンポジウムの司会をしてる後藤繁雄に興味を持った。

「この人、どういう人?」

その学校の先生で、編集者というのが本業らしいのだが、調べていると、「独特老人」(ちくま文庫)という著書が出てきた。手に入れて読んでみて、驚いた。

「いや、面白いのなんのって!」

ビックリマークを三つぐらいつけたいほどの発見だった。

資生堂のPR誌「花椿」の連載していた28人の老人のインタビュー集。資生堂というのは、もちろん、あの資生堂で、ぼくなんか、自信をもって言うが、全く縁がない。そこのPRを、どんな人が読むのか、予想もつかない。

それが、文庫になったのは2015年だが、単行本ができたのが2001年。実際にインタビューしたのは1990年代というわけだ。当時、70代から80代の老人。どなたも、男性。一番若い人で1926年(大正15年)生まれの沼正三。一番年寄りは1896年(明治29年)生まれの芹沢光治良。

大雑把に言えば1900年から1925年、すなわち20世紀の初めの四半世紀生まれの男たち。

2018年現在では、実はこの28人、流政之という石の彫刻家が存命であったが、この本を読んでいる最中の7月7日に亡くなってしまった。

「そして誰もいなくなった」わけだ。ここまでで、ビックリマークひとつぶんくらい。

メンバーを紹介しよう。それぞれのインタビューの中の、ぼくなりのこの一言。若い人に限らず、この老人たちについて、名前を聞けば、ああ、あの人だと分かる人は、もう少ないんじゃないだろうか。みなさん、口をそろえておっしゃるにちがいない。

「この人、どういう人?」

 そういうわけで、ほんとは、もっと詳しい解説がいりそうだが、それはまた別の機会ということで。

 森敦(小説):「われ逝くものごとく」というのは、キラキラの「キラ」であって意味じゃないんです。

 埴谷 雄高(小説):「死霊」の完成のメドですか?いや、まあ、わかりません。

 伊福部 昭(音楽):タンポポには桜の批評はできないんです。

 升田 幸三(将棋):将棋でもなんでも、一手一手無事で済まそうと思ったら大変だ。

 永田 耕衣(俳句):私はさみしいという場合には「寂」という字を使う、
  「夢の世に葱を作りて寂しさよ」。

 流政之(石彫):零戦乗ってたけど生死の間をさまようなんて、考えたこと全然ない。

 山田 風太郎(小説):この年まで大した病気もしないでやってこれたのは、あんまり仕事しないからじゃないですかね。

 梯 明秀(哲学):もう一度生まれ変わったとしたら、こんなあほらしい職には就かんやろなあ、ハハハハ。

 淀川 長治(映画):映画はね、大衆のものでね、みんなが観るものなんですね。

 大野 一雄(舞踏):「死んじゃだめだよ」って、一生懸命ユダの耳元でオルゴールを回すような手ほどきがしたい。

 杉浦 明平(小説):日本のタンポポは滅びていくんです。

 下村 寅太郎(哲学):またいつ戦争が起こるかわからないしね。

 杉浦 茂(マンガ):あたしは、常識漫画嫌いなんですよ。

 須田 剋太(絵画):才能っていうのは病気だと思う。

 安東 次男:正直言って、芭蕉にこんなにはまるんじゃなかったという思いがあります。

 亀倉 雄策(デザイン):僕の一番大きな問題ってのは、一体いつデザインをやめようかっていうことです。

 細川 護貞(政治):私が政治に関係したというか、近くにいたのは戦争の前です。
水木 しげる(マンガ):私はね、これでいて、美を好む男なんですよ。

 久野 収(哲学):僕なんか好きでやってるから、後悔とかはないですよ。

 芹沢 光治良(小説):みんなが、死に急ぐから死んじゃいけないと言いたくて、そういうことを言うところがないから、これ(「巴里に死す」)に書いたんです。

 植田 正治(写真):ですから死ぬまで同じものを撮り続けるという根気は僕にはございませんね。

 堀田 善衛(小説):やっぱり、「未決の思想」の方が面白いんじゃないですか。

 多田 侑史(茶道):私の場合、もちろんすべて道楽ですよ。

 宮川 一夫(映画カメラマン):人間の目で見極めなきゃいけないものが、どうしてもあるんでね。

 中村 真一郎(小説):今ね、非国民を主人公にして、それが本当の人間だっていう小説書こうって思ってるんです。

 沼 正三(小説):男は一匹の昆虫のように、捕まりたくて蝶々のように飛び回ってる。

 吉本 隆明(詩・批評):ほんの少しの部分がね、よく自分でもわかっていないところがあってね。

 鶴見 俊輔(哲学):じゃあ、また迂回して答えよう。

 最後まで、読んできて、20世紀の初頭に生まれた、この老人たちのインタビューの中に、「この人が加わればすごいよな。」という人を、一人思いついた。1901年4月29日生まれのあの人。まあ、冗談で言っても叱られそうなのでこれくらいにしておくが、その、同時代の、桁外れの面々。

 これだけの人たちと出会っただけでも、脱帽ものだが、おしゃべりをさせて、その内容たるや、ほとんど非常識というほかない。それでは褒めていることにならないから、著者自身の言葉をそのまま使う。「破格」だ。まさに、看板に偽りなし。(S)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 伝記・インタビュー
感想投稿日 : 2019年1月29日
読了日 : 2019年1月29日
本棚登録日 : 2019年1月29日

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