HSPブームの功罪を問う (岩波ブックレット 1074)

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  • 岩波書店 (2023年1月11日発売)
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【感想】
「繊細さん」の本は私も読んだが、当たっているような違うような印象だった。ただ、自分が感じていたモヤモヤ――特に対人関係で起こる敏感な心の動き――といった名状しがたい部分を、上手いこと言語化しほぐしてくれたフシはある。
しかし、HSPはいわゆる「血液型性格診断」みたいなもので、科学的根拠には乏しい――そう論ずるのが本書だ。本書ではHSPが何故ここまでブームになったのかを分析し、巷にあふれる通俗心理学としてのHSPを学術的HSPと比較しその違いを考察し、最後にHSPがビジネスのために悪用されている現状を述べる。

HSPの提唱者はアメリカの臨床心理学者であるエレイン・アーロンだ。彼女は、シャイな人や内向的な人の背後には、新しく未知な状況において「いったん立ち止まり、指さし確認」をするような心理的特性があるのだと考えた。この心理的特性こそ感覚処理感受性であり、これがいわゆる「HSP」とされる(ちなみに、この研究そのものもエビデンスが弱いという見方がある)。
そこからHSPは、ブームになるにしたがって、「生きづらさ」「感覚の鋭さ」といったプラスマイナス併せ持った性格として紹介されるようになった。しかし、学術的には、感受性が高かろうと低かろうとそれ自体に価値や望ましさはない。HSPはポジティブ・ネガティブ両方の環境から「良くも悪くも」影響を受けやすいだけである。人によって敏感な人と鈍感な人がいてそれぞれにメリット・デメリットがあるように、HSP自体は何らかの価値尺度ではないのだ。
また、繊細さんの本には「高い共感力」「鋭い直観力」といった繊細さんの才能が記されているが、エビデンスはほとんどない。学術的なHSPが単に「感覚の違い」を示しているにすぎないとおり、今ブームになっている「HSP診断」は血液型性格診断の域を超えないのだ。

そして一番の問題は、このHSPブームに便乗して、ネットで誤情報が出回ったり、怪しげなビジネスに利用されていたりすることにある。中には20万円近くの大金を払って「HSP専門カウンセラー」という資格を取れる講座もあるが、そもそものHSPのエビデンスが怪しい以上、詐欺であることは否めないだろう。

HSPがここまでブームになったのは、人々の名状しがたい「生きづらさ」をうまく言語化したからだ。コロナや不景気によって日本社会全体がどこか生きづらくなっている今、その「生きづらさ」に「気質」というラベルを貼ることで、なんだか救われたような気持ちになる。自分は何故こんなに苦しんでいるのか、そして自分自身はいったい何者なのか。そうしたアイデンティティを可視化したいという欲求が、おかしな方向にズレて進んでしまった。それがHSPブームの正体だ。

――HSPというラベルは、それを自認する人にとって、目に見えない「生きづらさ」の原因を言語化してくれます。しかし、HSPがあいまいなラベルとして広まったゆえに、「ストレス」のように良くも悪くも「何か説明した気になれる」言葉としても機能しているのです。自己や他者を説明するには、HSPという言葉は「解像度が低い」と言わざるを得ません。

「繊細さんの本」のレビュー
https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4864106266
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【まとめ】
0 まえがき
2022年現在、HSPという言葉が日本で市民権を得つつある。これはハイリー・センシティブ・パーソン(Highly Sensitive Person) の略語で、心理学をルーツとする言葉だ。文字通り「とても感受性の高い人」を意味する。日本では「繊細さん」という愛称でも親しまれており、密かなブームになっている。

しかし、HSPブームには良い側面だけでなく悪い側面もある。


1 HSPの物語性
世界一受けたい授業やワイドナショー、王様のブランチなど各種テレビ番組が「繊細さん」の本を取り上げたことで、日本でHSPブームが起きた。
HSPの提唱者はアメリカの臨床心理学者であるエレイン・アーロン。アーロン氏は、シャイな人や内向的な人の背後には、新しく未知な状況において「いったん立ち止まり、指さし確認」をするような心理的特性があるのだと考えた。この心理的特性こそ感覚処理感受性(いわゆるHSP気質)とされる。彼女はHSPのポジティブな側面に光を当てたのだ。

2022年現在、GoogleでHSPを検索したときにヒットするのは主に「生きづらさ」を中心に論じるサイトであり、多くが「怪しい」。繊細さの捉えなおし、つまり繊細さの良い側面にも目を向け、繊細さをよりニュートラルに提えたのがHSPの特徴だが、ネットのサイトを見る限り、繊細さの良い側面についての説明はほとんどない。つまり、「繊細であることは生きづらい」 といった、繊細さが捉えなおされる以前の感受性の考え方である。

HSPがここまでブームになったのは物語性があるからだ。HSPが単に生きづらさや弱さを表すだけのラベルならば、ここまで人々に広く受け入れられなかっただろう。しかし、「繊細で人よりも傷つきやすい。でも、繊細であるがゆえに、人よりも物事の良いところに気づき、感動したり共感したりすることができる」というプラスマイナスを併せ持った物語性が、人々を引き付けたのだ。

神経症の観点から見ても、HSPはあくまで様々な性格特性のうちの一つの次元として化されたものであり、発達障害や精神疾患として概念化されてはいない。性格であるため、医師が診断するものではない。にもかかわらず、しばしばHSPは、発達障害や精神疾患の一領域かのように扱われたり、あるいは精神科クリニックのサイトでも病名と並列されたりすることがある。

様々な情報源をもとに自身がHSPであると自認した人々は、 納得したり困惑したりしながら、HSPラベルに沿って意識や行動を変化させている。もしHSPラベルにループ効果(研究や臨床において用いられる概念そのものが人間の行動に影響を与え、それがさらに新たな知識や概念を生んでいく)が働いているのであれば、そうした当事者の変化によって、もともと「HSPである」と考えられてきた特徴自体も変化していくのかもしれない。つまり、HSPラベルは、もとの学術的意味合いからますます離れ、定義がさらにあいまいなラベルとして人々に使用される可能性がある。


2 学術的なズレ
世の中で発信されるHSP情報は、科学的な根拠に基づかないものが多く、いわゆる通俗心理学 (ポピュラー心理学)としてHSPが広まったと言える。通俗心理学には、「血液型A型でふたご座のあなたは、まじめで、社交的な性格です」といった、明らかにエビデンスのない娯楽情報や、アドラー心理学や自己肯定感など、自己啓発本でよく見られるような「それらしさ」や「有用性」の装いをもつものも含まれる。

学術的な心理学におけるHSPは、「感覚処理感受性」という心理的特性が相対的に高い人に、HSPというラベルを貼ることがある。しかし、日本のHSPブーム化ではその専門用語がほとんど登場せず、「生まれ持った繊細さ」という曖昧な説明のみである。
また、書籍やネット記事などでは、「HSPは5人に1人います」「世の中の大多数は非HSPです」と説明されることがあるが、感覚処理感受性は連続的なグラデーション(人によって濃度が違う)であり、あるかなしかの二択ではない。
加えて、学術的には感受性が高かろうと低かろうとそれ自体に価値や望ましさはない。ポジティブ・ネガティブ両方の環境から「良くも悪くも」影響を受けやすいだけである。繊細さんの本には「高い共感力」「鋭い直観力」といった繊細さんの才能が記されているが、エビデンスはほとんどない。ネットには〇〇型HPS診断テストといったタイプ分けのテストが載っているが、研究で使用されているものではなく、妥当性はない。何点以上であればHPSといった基準もない。

HSPは何らかの障害を表すラベルではない。しかし、それが「障害だ」と誤解している人や、逆にHSPを「特別な才能」と信じる人もいる。しかし、HPSはあくまで性格の個人差を記述するために概念化された心理的特性である。こうした勘違いにより、HSPや非HSPの間で差別や偏見を助長する可能性がある。

「人の握ったおにぎりが食べられないからHSP」「電話が苦手だからHSP」「本音を言おうとすると涙が出てくるからHSP」など、あらゆる「生きづらさ」エピソードに「HSP」というラベルが貼られてしまっている。何か調子が悪いときに、すべて「ストレスのせいだ」と原因を求めることと、どこか似ている。
HSPというラベルは、それを自認する人にとって、目に見えない「生きづらさ」の原因を言語化してくれる。しかし、HSPがあいまいなラベルとして広まったゆえに、「ストレス」のように良くも悪くも何にでもとれる言葉としても機能している。自己や他者を適切に理解するには、HSPという言葉は「解像度が低い」と言わざるを得ない。


3 悪しき流行
HSPは医学的ラベルではないため、本来、医師による検査や診断の対象にはならない。それにもかかわらず、一部の精神科クリニックは、健康保険がきかない自由診療のもとでHSPの検査や診断、さらには治療行為を行っている。ある精神科クリニックでは、HSPを脳波で検査・診断することを謳っていた。また、HSPの治療を誘導するようなクリニックもある。

HSPブームでは、ネットや書籍などで「HSPカウンセラー」なる肩書を見かけることが増えたが、専門性の疑わしい講座を5時間受講すれば必ず取得できるなど怪しいものばかり。受講料も高額だ。また、カルト団体やらマルチ商法の参入も確認されている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年6月24日
読了日 : 2023年6月22日
本棚登録日 : 2023年6月22日

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