まだ人を殺していません (幻冬舎文庫 こ 47-1)

著者 :
  • 幻冬舎 (2023年10月5日発売)
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本棚登録 : 299
感想 : 21
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葉月翔子は、5歳だった娘を交通事故で亡くし、夫と離婚してから1人で暮らしている、元美術教師だ。
ある日、亡くなった姉の夫である南雲勝矢が、自宅に2人の遺体をホルマリン漬けにしていたという事件が起きる。
勝矢と亡き姉の息子である良世(りょうせい)は小学生であり、もし翔子の娘が生きていれば同じ年だ。
翔子は、兄から頼まれて良世を引き取る決意をする。

良世は場面緘黙症であり、当初言葉でのコミュニケーションをとることはできない。
ただし、絵が抜群に上手い。
少しづつ言葉を交わすことができるようになっても、良世が何を考えているのかは、よく分からない。
良世の父親が老婆と幼女を殺害して首を切断し死体を保管していたという猟奇生の強い事件を起こしたことからも、翔子の良世への疑念は強くなっていく。前半は心理サスペンスさながらだ。
良世が残酷な遊びや残酷な絵を描くことについて、私だったらどう声をかけられるだろう…と考えたが、的確なことを言えないだろうということしかわからなかった。
特に亡き娘の部屋に入り娘の持ち物やアルバムを持ち去った上で、娘の首をはねる絵を描いてたときは、私ならここで養育をギブアップするだろうと思ったよ…。
それでも良世の手を離さなかった翔子はえらいよ。

南雲勝矢が事件を起こした背景と良世の生育歴が明らかになり、姉の過去が明らかになり、色々と頭の中で解決するものの、色々と疑問はのこった。
姉は南雲にとって神様みたいな人なのだろうが、それならばなぜ命と引き換えに産み落とした良世を愛せなかったのだろう…。
姉も、南雲が良世を大切に育ててくれると信じて死んだだろうに。自分が死んだ後の世の中について、何も手出しすることはできない。姉の無念を思うとともに、自分はこの世からお別れしてしまおうという南雲の自分勝手さ、南雲が起こした事件の影響が残る世界で生きていかなければならない良世への頓着のなさに、腹が立った。
最後まで読んでみれば、身体的虐待をしていなかったしても、あんな事件を起こす南雲が適切な養育をできていたはずもなく、良世に事件の悪影響があったんだとわかるはずなのに、私も良世が生まれながらの危険な人物、サイコパスなのではないかという疑念にかられてしまった。
前半の心理サスペンスは、それくらい真に迫っていたと思う。

犯罪者の子として生きていかなければいけない良世は、これからの人生もつらいことがあるんだろう。
良世は小学生、中学生という子どもでありながら、身近にいる人を無条件で信用することができないことのつらさが、身に染みた。
それでも、生きていかなければならない。
できるだけ良い人生を、信頼できる人とともに生きていく。それは簡単なことではないんだ。愛された記憶、経験が人の土台になるし悪にながれないための抑止力になるのだと、私も思う。すべての子どもに、それがありますように。
子どもにとっての心のホームグラウンドとしての家族、大人の存在について、深く考えさせられた本だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 家族
感想投稿日 : 2024年3月17日
読了日 : 2024年3月17日
本棚登録日 : 2024年1月6日

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