教養としての中国史 (講談社現代新書 63)

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  • 講談社 (1965年12月1日発売)
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古本で購入。

中国哲学と中国史はかつて「経史」と言われ、日本の知識階級にとって欠くことのできない教養であった。
学問の発達とともにかえって一般に縁遠くなった「教養としての中国史」を少しでも補おう、というのが本書。

中国の巨大な社会と文化とは、どのようにして成立し、また発展したか。
近世ヨーロッパの政治的、経済的勢力は、またどのようにしてこれを破壊し解体したか。
そして、その衝撃によって、近代化の自覚を与えられた中国民族は、どのようにして新しい中国を建設したか。
これらが本書のテーマになっている。

中国北部の黄土地帯に都市国家が生まれた時代から人民共和国の成立までが書かれており、概説書としてはまずまずのレベルだと思う。古い本(1965年発行)ではあるが、高校世界史の知識の補強に充分使える。

ただ読んでいて気になるのは、「新中国」を称揚する著者のスタンス。
この本が発行されたわずか16年前に誕生した人民共和国に対し、
「復興した中国経済は先進工業国に追いついた」
「アジアやアフリカの新国家は、民族主義の闘争に打ち勝ち社会主義体制の建設に驀進する中国に対して、絶大な尊敬と信頼とを寄せている」
など、賛辞を贈る。

また
「ラサ占領とダライ・ラマ追放によるチベット政権の接収はチベット問題の最終的解決であり、清の聖祖以来の大事業」
「核兵器を開発して所有するに至ったことが、何より中国経済の発展を明らかに物語る」
など、現在の基準からすれば疑問を抱かざるを得ない部分も見られる。
マルクス主義と思われる著者にとって、「新中国」成立の興奮覚めやらぬところがあったのかもしれない。

しかし
「社会主義体制の発展とともにあらゆる方面に自由化が進み、個人の自由の伸長という真の近代化を迎える。そのとき中国の新文化は文字どおり百花斉放・百家争鳴の壮観を呈するだろう」
という著者の予測は、ある程度の真実を言い当てた反面、発行の翌年(1966年)から始まった文化大革命を思えば皮肉と言うか何と言うか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2013年8月16日
読了日 : 2013年8月16日
本棚登録日 : 2013年8月16日

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