シュレーディンガーの少女 (創元SF文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (2022年12月12日発売)
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本棚登録 : 574
感想 : 36
5

もしかして松崎有理(単独の本)を読んだのは初めてじゃないかな。これまで各種アンソロジーで、単発の短編を読んだことはあるが、一本筋の通ったテーマ(ディストピア×少女)で文庫本に纏めたことは実に興味深い。

プロフィールを見たら、なんと大学の後輩だった。しかも水戸一高出身とは王道の進学コースだな。理学部という事だから、典型的かつ完全なる「リケジョ」。他の作品のことは判らないが、リケジョのSFであれば、作品に科学的なバックボーンを必須で入れ込んでいるだろう。マニアには確実にうけるが、一般人に対してはそれが足枷にならないか少々心配。まあ、SF小説だからSF好きな人に多く読んで貰えればそれで良し、何ら問題ない。変に、百合とか、ジュブナイルとか、アニメとか無理に意識・迎合しなくても構わない。女性ハードSF作家でいいじゃん、いや、今の時代、女性という冠を付けちゃいかんな、反省!次は東京創元社創元日本SF叢書01の「あがり」を読もうかな。

それでは、謹んで各作品の書評を記す。
〇 六十五歳デス
老いてある歳になると死ぬという設定はこれまでにもいくつか聞いたことはあるが、死ぬまでにやることのノルマを自分に課すという考え方が面白い。計画的に死を迎えるって、ちょっとパッシブ人生だけど、ここでは死ぬ直前に急に目標ができて、その達成(育成)に奔走するというのが実にドタバタSFっぽくてワクワク感満載だ。すごくテンポよく話が進むのも好感が持てる。読み終わった後に、爽快感が次々に押し寄せてくる感じがして、とても素晴らしい作品だと思う。

〇 太っていたらだめですか?
短い作品であるが、これもドタバタ活劇SFで、読んでいて本当に楽しい。現代の会社の健康診断でBMI測定は必須である。生活習慣病は企業の悪、幹部候補生は体調管理の一つもできなければ部下も管理できないという論法、これがどんどんエスカレートすれば太っているだけで解雇という社会がやってくるのは頷ける。これこそ、ディストピアの真骨頂かな。ただ、最後の地球外生命体の1ページは余計だな。なんか、取ってつけたような星新一ワールドで、作品全体が白けてしまった。そんなどんでん返しはいらん。本当に残念だ、実に勿体ない。

〇 異世界数学
リケジョ全開パラレルワールド。イケメン俳優が出演するテレビで頻繁にやってる時代劇パラレルワールド歴史改変に近いものがあり、ストーリーはその線上にある。もちろん数学の面白さを織り交ぜるのは知的でハードSFっぽいが、数学にあまり詳しくなくても数学の雰囲気を嗅ぎ取れるようにしているのは読者にとても優しい配慮だ。
話は逸れるが、松崎有理の「有理」は数学の有理数から来たのか?名付け親に確認したい(余計なお世話と言われそう)。

〇 秋刀魚(さんま)、苦いかしょっぱいか
夏休みの自由研究は小学生だけに与えられた足枷・苦行。これを始業式までに完成させなければならないのは小学生の宿命。今、夏休みの自由研究って必須なのだろうか。もしかしてこれを設定している小学校はほんの一握りではなかろうか。であれば、これが未来社会だったら、悪しき伝統はとうの昔に廃止されていないかと、まず考えた。こう考えてしまうと、作品の面白みが半減したような気もする。一方、夏休みの自由研究的授業を中心にしている学校(個性を伸ばす学校という謳い文句)も実際ありそうだが、それはそれで毎日締め切りに追われる授業ばかりで疲弊してしまいそうだ。
食品プリンターはもう実用化されているし、人工肉もそろそろ実用化しそうだし、人口イクラと天然イクラを判別できるガクトみたいな人は超レア人間として祭り上げられる。基本的に匂い成分というのは低分子有機化合物の混合物だから、成分データと物質を揃えばどんな匂いでも再現することができている。なので、このお話は技術的には近未来の話ではなく、あと5~10年以内に実用化できる話。いや、行列のできる名店の味は実際にインスタント食品で再現できている。だんだん、こんがらがってきた。
余談だが、広瀬川の河原で行う芋煮会は楽しかったな。そう言えば、会社の独身寮にいる東北大卒の若手社員が中心になって、荒川のキャンプ場で芋煮会が開催され、私も飛び入り参加した記憶がある。みそ仕立てと醤油仕立ての対決だと言っていた。どちらが宮城芋煮か山形芋煮かは忘れてしまった。

〇 ペンローズの乙女
仙台の流行作家、伊坂幸太郎を彷彿とさせる複数同時進行ストーリー仕立てで話が進む。どうせ最後に一つに纏まるだろうなと思いつつ読み進めたら、纏まった様な、纏まらなかった様なエンディング。

〇 シュレーディンガーの少女
何かイベントがある時だけパラレルワールドが分岐して発生すると考えがちだ。つい先日に読んだ伴名練の 「二〇〇〇一周目のジャンヌ」も同じ考え方。しかし私は、通常の生活でも、例えばある時間に特定の一個の赤血球が心臓から肺に行く世界と脳に行く世界とでパラレルワールドが出来上がってしまうのではと考える。更には、宇宙から来た特定のニュートリノが地球を素通りする世界と、不運にもカミオカンデで補足されてしまう世界とでパラレルワールドが出来上がってしまう。何をイベントと見るか、どのようなタイムスパンでパラレルワールドが生成するか、そう考えただけで無限の無限乗の世界に世の中は分岐しているのではないかと考えてしまった。自分や自分の周囲だけでもとんでもないパラレルワールドができているのに、宇宙全体ではどれだけのワールドができているのか、と思うと夜も寝られません(古い)。

基本ストーリー設定の話はさておき、既に松崎有理の世界観はしっかりと確立されているので、あとは方向性をどのように発展(ハードSF?ソフトSF?それともそれらに拘らない?)させるかは御本人にお任せするしかない。頑張って!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF小説
感想投稿日 : 2023年1月10日
読了日 : 2023年1月7日
本棚登録日 : 2023年1月10日

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