すべて忘れてしまうから (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2022年7月28日発売)
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本棚登録 : 1651
感想 : 88
5

2023.10.12 読了 ☆8.6/10.0


以前読んだ『ボクたちはみんな大人になれなかった』が面白かったので、著者のエッセイである本作も読んでみました。

本書は、筆者の日常の中で目にする耳にする、言葉にするのは難しい、そして名前のない感情が綴られた、掴みどころのない経験を描いたエッセイで、読んでいて単純明快に「分かるわぁ」とならないのは、普段いかに自分が、分かりやすい言葉の、そしてわかりやすい感情が綴られた本を読んでいるかということの裏返しのような気がした。


“分かりやすさ”は、ともすれば万人に受け入れられる内容であり、それ自体は魅力ではあるのだが、本作は一味違う。


不思議な読書体験、そして不思議な読後感でした。



〜〜〜〜〜印象に残った言葉〜〜〜〜〜



“「逃げちゃダメだ!」は自己啓発本の常套句だ。それもある一つの真実だとは思う。だけど、「逃げた先に見つけられるものもあるかも知れない」と注釈でいいから書いておいてほしい。”



“新しい感情に名前をつける人を、人はアーティストと呼ぶんだと思う。
もう名前のついた感情や出来事に、もう一度違う名前をつけて、ほら共感するでしょ?というのは全くエモくない。エモーショナルじゃない。

しばしばネット出身のモノが軽視されるのは、この"劣化コピー"が見透かされているからなのかも知れない。ネットで拡散されやすいものはわかりやすい。わかりやすいものは、どこか極端だ。絶対に見たら泣ける映画とか、絶対にモテる10ヶ条とか。

本当は、日々のほとんどはグラデーションの中にある気がする。世界平和を考えながら性欲にかられたり、金持ちになりたいと願いながら好きなことを追い求めて世界一周に出たいの夢見たり、そんな両方を夢見ながら中目黒で満員電車を待っていたりする。

まだ名前のついていない感情と出来事に囲まれて、僕たちは生きている。



“ちょっと社会をかじった人間が言いがちな「全ての仕事、経験は後で役に立つ」なんて言葉が現実に反映されるほど、人生は甘くも、伏線回収的にもできていない。
僕は今日も五番目くらいに得意な仕事に就いて、九番目くらいに相性が合う後輩に指示を出している。



“「逃げてもいいんだよ」
これは、SNSで定期的に呟かれる呪文の一つだ。
本当に逃げていいと思う。逃げても世の中は平常運転だ。
二度と同じような人が出てこなくても、世の中が困っている様子を見たことがない。これは、絶望でもあり希望でもあるのだけれど、この世界は誰が抜けても大丈夫だ。だから個人が潰れるまで我慢する必要なんてない。心が壊れてしまう前に、人は逃げていい。

でも呪文のように「逃げていい」と呟く彼らも、そのツイートにいいねを押す人たちも、現実社会ではなかなか逃げていないように見える。

「ボクたちは必ず死ぬ。誰もが何も持たずにこの世からおさらばするのだ」
そうだ。僕たちは必ず死ぬんだった。ほぼ同時刻に満員電車に乗る日常を繰り返していると“いつか死ぬ”と脳では分かってはいるはずなのに、ふとこの日常が永遠に続くような徒労感に襲われることがある。
でも本当はこの日々の果てに、僕たちは一人残らず全員死ぬ。何も持たずに全てを置いて僕たちは必ず死ぬんだ”



“カネが儲かるとか、社会的に偉くなるとかの才能は分かりやすいけれど、別に僕たちの血肉までが資本主義なわけじゃない。勝った負けたが、僕たちを必ず幸せにしてくれるわけでもない。高級時計を買えば幸せになれるわけでも、タワーマンションの階数が上がれば上がるほど幸福度指数も一緒に上がるわけでもない。
各々が無心になれる何かをずっと続けられることが、勝った負けたなんてチンケなことを考えなくてもいい状態を作ってくれるんじゃないか”



“生きていると全部が、元には戻らない。壊れた部分は壊れたまま、抱えて生きていくしかない。
大きいため息を一つ。今のはため息じゃない。大きな深呼吸だ、と自分と他人を騙しながら、今日を生きてみる”

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年10月13日
読了日 : 2023年10月13日
本棚登録日 : 2023年10月13日

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