精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突

制作 : 江口重幸 
  • みすず書房 (2021年8月4日発売)
4.11
  • (8)
  • (6)
  • (2)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 176
感想 : 12
4

精霊に捕まって倒れる。この不思議なタイトルは、モン語の〈カウダペ〉の直訳だ。突然けいれんして失神する事象を指す。それはつまり、医学用語でいう「てんかん」のことである。

1982年、ラオス難民のリー家の末っ子で生後3カ月のリアが、てんかん症状で病院に運び込まれた。その日から繰り返される入退院。その度に医師たちは、投薬をはじめ近代医学を駆使して懸命に救命を試みる。一方で、モン族の父と母は、悪い精霊に娘の魂を奪われたのだと理解する。そして、自分たちの儀式や伝統医療を認めないアメリカの医師たちに不満を抱き、彼らの薬こそが娘の回復を阻んでいるのではないかと不信感を募らせる。やがて、両者のすれ違いは、リアの悲劇へと結びついてしまう。

モン族。もしかするとミャオ族というほうが聞き覚えのある人はいるかもしれない。読み始めは難民であろうが何だろうが無償で最新の医療を施すアメリカという国の懐の大きさを感じた。ところが読み進めるうちに、それは大きな勘違いで、矛盾だらけであることに気づかされる。ラオス難民を生み出したのもまたアメリカ自身なのだ。

医療者と患者の関係性はいかにあるべきか。本書にも登場するクラインマンの著作は医療関係者の必読の書となっている。医療者と患者の関係がある種のパターナリズムに陥りやすいのはよく指摘される。本書の場合、さらに相手は「未開の」難民なのだ。この「上下関係」に異文化の衝突という図式が加わり、事態は複雑となる。

筆者のファディマンは、モン族、医療・福祉関係者たちから丁寧に聞き取り調査を行い、この事件の意味を深く掘り下げていく。第18章で紹介される、命こそ救われるべきとする医師と、いや魂こそ救われるべきとする心理士のやり取りは重い。どちらが正しいということでも間違っているということでもないのだ。

「15周年記念版に寄せて」という後日談で、その後数10年を経て、社会や病院施設では明るい兆しが見えていることが著者から語られる。異文化間の調停者こそが求められている。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年11月18日
読了日 : 2021年11月18日
本棚登録日 : 2021年11月14日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする