〈凡庸〉という悪魔 (犀の教室)

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  • 晶文社 (2015年4月25日発売)
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「全体主義運動は大衆運動であり、それは今日までに現代の大衆が見出し自分たちにふさわしいと考えた唯一の組織形態である」(ハンナ・アーレント)</i>

麻生太郎副総理(当時)の「ナチスの手口に学んだら…」という発言が端的にいまこの国が全体主義運動に覆われていることを表している。
「全体主義とは<いじめ>です」と著者は書いているが、政治や社会活動だけではなく獲物を探し求め、少しでも炎上の煙が出ようものならハイエナのように食い散らかしていくネットイナゴも全体主義運動の流れにあると感じるし、所謂ブラック企業というものの存在を許しているのも全体主義運動的な流れだろう。

<blockquote>「大衆」という存在は、その定義上、自分で物事を考えたり判断したりすることが出来ない「カラッポ」な存在です。つまり大衆人達は完全に「思考停止」に陥った「凡庸」な人々そのものです。(P.47)</blockquote>

「こまけぇこたぁいいんだよ!!」というネットスラングがある。確かに枝葉末節にこだわり、重箱の隅をつつく様はウザったい。が、このスラングの周縁は無知を開き直るような「思考停止」に陥った「凡庸」さを多分に含んでいるように感じてならないのである。

そもそも人間は「思考停止に陥った」時に不安を覚えるものである。なぜなら、思考を停止して、判断をしないということは、刹那刹那に変わっていく状況の中、真っ暗闇に放り出されるようなものだからだ。
そうなると、<i>「人間としての最低限の尊厳」</i>を失い、挙句に「<i>偶然と恣意に為す術もなく没落」</i>してしまう。だから、人間はそうならないように、どのようなデタラメなものであっても、一見"首尾一貫"して見えるものに縋ってしまうのだ。

<i>『人間は完全な「真空」状態よりは「ウソで満たされた一貫性」を自ら進んで嬉々として受け入れてしまう』(P.55)</i>のだ。丁度DV被害者が加害者と離れられないように。

翻って日本社会の話に焦点を合わせよう。失われた20年によって日本は経済的に大きく凋落してしまった。隣国の韓国や中国に市場での立場を持っていかれようとしている。この不安を背景にレイシズムが強くなった。

何故、日本経済は低迷するのか? という現実の前に「思考停止」して、デタラメであっても"一見して首尾一貫した"似非歴史、似非物語に身を預けてしまったのである。悲しい。
<blockquote>政治とはそもそも、めまぐるしく移り変わる状況の中で絶えざる判断と実行を繰り返していく営為です。だから、その営為において「思考停止」に陥るというのは、ジャンボジェット機のパイロットが、麻薬を打って「ラリって」しまったようなものです。(P.73)</blockquote>

それも国を代表する人間が「思考停止」に陥ってしまったのだ。これではジャンボジェット機は墜落してしまうだろう。


<blockquote>人間は人間である以上、思考停止をしてはならない責務があるのです。
そしてここのことは、思考停止に陥った人間は凡庸にならざるを得ない以上、凡庸は罪であることを表しています。(P.97)</blockquote>


<blockquote>人間として生まれ、そして人間として他者と関わるにもかかわらず、<凡庸>であるということは、それ自身が罪である。(P.91)</blockquote>

<凡庸>であることが罪であるのであれば、<凡庸>に陥らないように抗わなくてはならない。自らを省みて「自分は<凡庸>ではないだろうか?」と不断の自問自答が必要なのではないだろうか。

<blockquote>「愚者は、自分を疑うということをしない。つまり自分はきわめて分別に富んだ人間だと考えているわけで、そこに、愚者が自らの愚かさの中に腰を据え安住してしまい、うらやましいほど安閑としていられる理由がある。(中略)彼が慣れきってしまっている鈍重な視覚をもっと鋭敏な物飲み方と比較して見るよう強制する方法はまったくないのである。ばかは死ななければなおらないのであって、ばかには抜け道はないのだ」(P.263)</blockquote>

これは本書著者がスペインの哲学者オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』から引用した文章だ。『〈凡庸〉という悪魔』という題名の書物の巻末にこの言葉を引用したというというのは何よりも雄弁に著者の思いを訴えていると感じる(が、ここでそれを簡潔に述べるには評者の力は未熟過ぎる)。

<blockquote>
「全体主義」現象における7つの特徴
1.思考停止   → 大衆人達の思考停止。全体主義が立ち現れる大前提。
2.俗情     → 大衆人達の俗情。全体主義現象を駆動するエネルギーの源泉。
3.テロル    → 全体主義現象の必然的帰結として遂行される暴力行為。
4.似非科学   → テロルを中心として全体主義活動を正当化するために繰り返されるもの。
5.プロパガンダ → 後付け論理/似非科学を無理やり生徒化するために繰り返されるもの。
6.官僚主義 → 全体主義における諸活動の効率化のためにあらゆる領域で横行する。
7.破滅 → 全体主義活動を推進した場合に必ずたどり着く終着駅。
(P.118)
</blockquote>

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本・雑誌
感想投稿日 : 2018年11月20日
読了日 : 2016年2月15日
本棚登録日 : 2018年11月20日

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