説経節 俊徳丸・小栗判官 他三篇 (岩波文庫 黄286-1)

制作 : 兵藤裕己 
  • 岩波書店 (2023年7月14日発売)
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感想 : 5
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説教節は中世から近世にかけて流行した大道芸能の一種。おそらくもとになる民話や伝説があり、それが口承で語り継がれていくうちにどんどん変遷していったんだろうなというイメージ。この説教節から、人形浄瑠璃や能、歌舞伎になった物語も多い。本書に収録されているのは有名どころ5作。ずいぶん昔に幕末→江戸オタク+民俗学の流れで一時期説教節にはまって結構たくさん読んだのだけれど、ほぼ忘れてたので簡単なあらすじだけメモ。

〇俊徳丸
子供のいない高安の信吉長者夫婦が清水観音に願掛けして子(俊徳丸)を授かるが、引き換えにその子が3歳になったら両親どちらかが死ぬと予言される。成長した俊徳丸は四天王寺の稚児舞楽の日に、蔭山長者の娘・乙姫に一目惚れ、恋文を出す。俊徳丸の母は、俊徳が3歳を過ぎても両親とも無事だったため観音の予言を笑うがその咎で亡くなってしまう。父は後妻を迎え、やがて子供が生まれたため、俊徳丸を疎んだ後妻は俊徳丸を呪い、彼を失明させ病人に。さらに父を唆し俊徳丸を捨てさせる。物乞いとなった俊徳丸は「弱法師」と呼ばれ、観音のお告げで熊野を目指すが、道中で乙姫と再会。俊徳丸は現在の立場を嘆き恥じ入るが乙姫は俊徳丸を救おうとする。俊徳丸を連れて清水に参った乙姫の夢枕に観音が立ち、さずかった鳥箒のおかげで俊徳丸の目と病は全快。呪い返しで盲目となっていた俊徳の父もこの鳥箒で癒され、俊徳丸は栄える。

この俊徳丸が能では「弱法師」となり、三島由紀夫がこれを翻案した「弱法師」もあり。折口信夫は「身毒丸」を書き、さらに寺山修司にも戯曲「身毒丸」がある。

〇小栗判官
二条大納言兼家は鞍馬の毘沙門天に申し子をし、授かった子は長じて小栗判官となる。結婚の話が持ち上がるも小栗は選り好みして72人の女性を送り返し、あげく、みぞろが池の大蛇の化身と交わる。それを忌まれて常陸に流され、そこで横山郡代の照手姫の美しさを聞いた小栗は、姫に恋文を送る。二人は結ばれ小栗は押しかけ婿となるが、照手姫の父・横山はこの無断の結婚を怒り、息子の三郎と共に小栗抹殺を計画。まず鬼鹿毛という人食い馬に小栗を食わせようとするが、小栗はこの馬を手懐けてしまう。次に横山は毒殺を計画、これはまんまと成功。小栗は部下の10人の侍と共に殺されてしまう。横山は我が娘・照手姫のことも水に沈めて殺そうとするが家来が姫を助けたため姫は下流に流され、親切な老太夫に救われる。太夫は姫を養女にするが、嫉妬した妻により照手は人買いに売られ、遊女屋へ。一方死んだ小栗は閻魔大王の計らいで蘇ることとなるが、亡者の姿で土車に乗せられ、さまざまな人々の親切で熊野まで引かれる身となる。途中、遊女屋で下働きさせられている照手姫が小栗と知らず彼の車を引いてくれる。ついに熊野に辿りついた小栗は熊野の湯により蘇り、横山に復讐、照手を迎えに行き栄える。

俊徳丸同様、こういった物語の主人公はだいたい子のない夫婦が神仏に祈願した「申し子」パターン。恋文のくだりもほぼ俊徳丸と同じ。そして小栗も俊徳も、自力で歩けぬ病や盲目の身となり、乙姫や照手姫の助けを得て復活する(そのために基本、熊野をめざすところも同じ)。女性たちの逞しいことよ。以下の三作にも共通点は多い。あと地名の羅列などもおそらく定型文の一種だろう。

〇山椒太夫
奥州の岩城判官の子・安寿と厨子王は、罪を得て流された父の所領を継ぐだめ、母と乳母うわたけの四人で都を目指し旅立つが、途中宿がなく橋の下で眠っていたところ、親切めかした人買い山岡太夫に騙され売られてしまう。母と乳母は別の船に乗せられていたが乳母は海に投身自殺。安寿と厨子王は、山椒大夫に買われる。安寿は海で潮汲み、厨子王は山で芝刈りをさせられ、つらい毎日に二人は死のうとするが伊勢の小萩に止められ思いとどまる。しかし二人が逃げる相談をしていたのを立ち聞きされ、焼き印を押される(が、お守りの地蔵菩薩が肩代わりしてくれる)。安寿は髪を切られ厨子王と共に山に行き、弟だけを逃がす。安寿は、山椒大夫の息子・三郎に拷問され責め殺される。厨子王は親切な聖に助けられ、聖の背負う皮籠に隠れて都を目指すが途中で足腰が立たなくなり、聖は厨子王を置いていく。厨子王は土車に乗せられ天王寺まで運ばれ、そこで再び立てるようになり稚児となる。養子を求めていた梅津院に気に入られた厨子王は都に行き本分を果たす。母と姉を探し、母とは再会できるが、姉の安寿は殺されていた。厨子王は山椒大夫と三郎、山岡大夫などに復讐を果たす。

御存知、安寿と厨子王の物語。鴎外の「山椒大夫」も有名。初めて読んだのは子供の頃に昔話の絵本かなにかだったと思うけれど、冷静に考えたら本書収録作の中でも残酷さはこれが一番、子供むけなんてとんでもない(苦笑)厨子王が土車に引かれていくのは、俊徳、小栗とも共通。人買いは、小栗や、このあとの隅田川にも登場するので、中世には結構たくさんいたのかしら。あと、悪い息子はだいたい「三郎」で、太郎と次郎は親切なことが多い。

〇愛護の若
子供のいない二条清平夫婦は、長谷観音に申し子をする。観音は、ひきかえに、その子が三歳のときに両親どちらかが命を失うと告げる。生まれた男の子は愛護の若と名付けられ13歳になるが、母親が三歳のときに両親どちらか死ぬというお告げが嘘だったと笑ったことで観音の怒りを買い亡くなってしまう。父は雲井の前という若い女性を後妻に迎えるが、雲井の前は美しい愛護の若に一目惚れ、侍女の月小夜に相談、何度も愛護に言い寄るも拒絶され、月小夜の入れ知恵で夫が大切にしている宝を売り払い、その濡れ衣を愛護に着せる。父は愛護を木に吊るして罰するが、亡き実母がいたちに姿を変え愛護を助ける。母の助言で愛護は比叡山の阿闍梨である伯父を頼るが、阿闍梨は愛護と認めず彼を追い払ってしまう。(途中親切な細工や田畑の介兄弟に助けられる)しかし彷徨う愛護は桃を取って持主の老婆に打たれたりして絶望、小袖に恨みを書き残し15歳で滝に身投げする。愛護の死後、小袖を見て彼を確認した阿闍梨は、愛護の父に連絡、ようやく父は愛護の無実を知り、後妻とその侍女を殺す。愛護が身投げした滝で阿闍梨が祈祷すると、大蛇となった雲井の前が愛護の遺体を返す。しかし父は愛護の遺体を抱いて投身自殺、阿闍梨もその他みんな滝に飛び込んで死んだ。

前半の展開は俊徳丸とほぼ同じ。寺山の「身毒丸」は、俊徳丸とこの愛護の後妻のエピソードを合体させている。ラスト、なぜか関係者全員が滝に身投げして死んでしまうという謎展開。他の作品は、基本的に勧善懲悪なオチがついているけれど、これだけは全員死亡なの謎すぎる。

〇隅田川
吉田少将の二人の息子、梅若丸と松若丸の兄弟。弟の松若は5歳で比叡山に送られ学んでいたが、7歳のときに天狗にさらわれ行方不明となる。ショックで寝込んだ吉田少将は、嫡男・梅若のことを弟の松井定景に託して亡くなってしまう。しかし定景は梅若が12歳のときにお家乗っ取りのために彼の殺害を計画、松若の乳父・山田安近と、梅若の乳父・粟津俊兼に仲間になるよう声をかけるが、粟津は拒否。梅若の母と梅若をそれぞれ逃がし、坂本で落ち合うこととする。しかし梅若は道に迷い、人買いに騙されて東国に連れていかれてしまう。騙されたと気づき反抗するが打擲され動けなくなり隅田川のほとりに捨てられる。近隣の村人が梅若を介抱し、事情を聞いてくれるも梅若は息絶える。一方梅若の母は梅若を探して狂女となり、偶然隅田川に辿りつくが、梅若はすでに亡く、出家するも絶望し、池に身を投げて自殺。二人を逃がした粟津もまた出家し梅若母子の行方を探していたが、神仏のお告げで二人はすでに亡いが弟・松若が生きていると知る。やがて天狗が松若を返しに来る。粟津は松若と共に松井定景を討ち、吉田の家を再興する。

能の「隅田川」「班女」で有名な隅田川ものの原点。南北の「桜姫東文章」にもこの隅田川のエピソードは入っていたはず。5作通して思うのは、日本人は基本的に「可哀想な話」が好きなのだなということ。穢れを背負わされた神の申し子が蘇り(貴種流離譚)、自分を陥れた悪を成敗する復讐譚=勧善懲悪の痛快さもあるけれど、そのオチに辿り着くまでがひたすら可哀想。エンターテイメントとしての可哀想、ということについてちょっと考えた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  古典 他
感想投稿日 : 2023年9月4日
読了日 : 2023年8月28日
本棚登録日 : 2023年8月20日

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